何か行動を起こす時は、事前に出来るだけの準備をしてから臨むことを理想としている。それによって自信が持て、良い結果につながる。
というわけで、先ずはイメトレから開始した。
具体的に言うと、YouTubeを見まくった。
「ネコ、錠剤」で調べると、出るわ出るわ、ネコの口に鮮やかに錠剤を放り込んでいる神動画がこれでもかと出てくる。
全部試聴した。
結果的にはこれらの動画が私に勝利をもたらしたことは明白で、繊細なテクニックや勇猛果敢に挑む姿にはたくさんの教えと勇気をもらった。
惜しげもなく神業を披露してくださったYouTuberの皆さんとプロ錠剤飲みの猫様たちには感謝の気持ちでいっぱいだ。
しかし気になるのは、登場ネコ様たちはみんなソルよりはるかに穏やかで大人な雰囲気を湛えていることだ。少しのことには動じない貫禄がある。
対してソルは、言ってみたらネコ科ビビリ属、あのユーチューニャー様たちとは違う科目に属するネコとしか思えない。
小中学生のように夢中でYouTubeを見まくる私のそばで呑気にくつろいでいるソルをたまにチラ見しながら、入念にイメトレをして作戦を固めた。
この時の私の脳内イメージを知ったらそばで寛ぐどころではなかっただろう。
名付けて三拍子(カッカッカッ)大作戦だ。三拍子でコトを済ませる。
最初の「カッ」で、左手でソルの頭部を後ろから包み込んで頬骨を押さえ顔を持ち上げる。
次の「カッ」で、右手中指でソルの口をガバッと開ける。最後の「カッ」で右手親指と人差し指で持った錠剤を喉の奥深くに向かって落とす。
そこまで遂行することが出来たら、あとは口を閉じて息をフーフー吹きかけながら喉をさすってゴックンさせればいい。
よし。
決行の時が来た…と、一瞬思ったが直ぐに思いとどまった。
万が一、噛まれた場合はどうしたら良いんだろう。
ググってみたところ、ネコに噛まれるとパスツレラ症という怖い菌に感染し、ズキズキと非常に痛い場合があるらしい。噛まれたらすぐに病院に行きましょうとアドバイスしている。
時計を見た。
ムスコが「ごはん何時〜?」とさっきから騒がしい。ルナも、ムスコと違って慎ましくながらも、目でハラヘッタ、と訴えている。
第一、このような夕暮れ時に急患が来たら、そろそろ定時だ、やったー!と思っている受付の人や看護師さんたちに心の中で舌打ちされることは避けられない。
人間が出来てない人だったら顔に出してしまうかもしれない。
うかつな人だったらうっかり目の前で舌打ちしてしまうかもしれない。痛いのにそんなことをするなんてあんまりだ…。
うん、今日はダメだ。
今日は、そう、明日の朝に備えてリハーサルだけしておこう。
私がこれから対峙しなければならないのは上野動物園のトラだ。イメージでもさすがに野性のトラはやめておこう。こわーい、デカーい、大トラ。本当にキケン過ぎるミッションだ。よくも先生は私にこんな命懸けの戦いを無茶振りしたものだ。でもやるしかない。
人類の存亡が私にかかっている。
…ここまで完璧にイメージした。そしてソルを見れば、なぁんだちっちゃいじゃん、これはもう楽勝でしょ、となる。
ヨシ。いいぞ。舞台は整った。
カッカッカッ大作戦の決行だ。
「カッ!」
ソルはここで既にパニック状態を呈して早速暴れ出した。私は一瞬だけ偶然開いたソルの口の中に、鋭くて真っ赤な、あやうく鬼のツノと見間違えてしまいそうな犬歯を見た。
慌てて手を離し、媚びるように「ごめんね、痛かったね、怖かったよね〜。もうやらないよ…」と謝った。ソルがあんなに凶暴なブツを口の中に隠し持っているとは。
今日はリハーサルだけにしておいて良かった。
その後先生が、やってみる価値はあると言っていたので、ムリムリ、わかってる、ムリだから!と呟きながら、錠剤をスプーンで砕いて粉にして、ちゅ〜るに混ぜる最も初心者向けの方法を試した。
うん、全然かからない。釣り果ゼロ。
これをぜんぶ飲ませるためにはちゅ〜る100袋必要。そのくらいの濃度じゃないと苦くて無理。
以前ルナがお腹を壊した時、他の病院だったが、錠剤を投与する自信がないと言ったら粉にしてくれたことがあった。
コレを飲まないと治らないと言われ、ちゅ〜るに混ぜてあげてみたが、苦さのあまり口から泡を吹き、しばらくの間、あんなに大好きだったちゅ〜るを持っていると、「ヒィ〜」と(心の中で)悲鳴を上げて逃げていってしまうようになった。ひょっとしたらあの時の薬は今回と同じモノなのかもしれない。
その時の病院で泡を吹いた話をすると「あ〜やっぱり、あのクスリ本当に苦いから。可哀想なことしちゃいましたね。」と言われた。それは自分に言ってるのか私に言っているのか…。
そうした過去があったので、オヤツに混ぜてあげる方法は期待しないでいられた。コレであげられたら1番ラクだけど、コレであげられないから錠剤があるのだ。
それでも試してみて、結果やっぱりダメだったことで完全に諦めることが出来た。
今夜は明日の初戦とヒーローインタビューに備えて早めに寝ることにしよう。