数日後の夕方のこと。
友達の家に遊びに行っていたムスコを迎えに行き、家に帰ってきたところだった。
家に着くと、飼い猫のルナがいつもどおり足音に気づいて起き上がり、「にゃ」とゴハンを要求して来た。
洗濯物を取り込んだり、水筒をリュックから取り出したり、気忙しく動き回る中で、なぜか、本当になぜかたまたま、その時間帯に開けることはない和室のドアを開けた。
夕陽が差し込んで眩しい室内を覗くと、天井近くの長押から何かがポトッとこぼれ落ち、そのまま私の視界をサーっと横切った。
一瞬のことだった。
私の視線は、その横切った何かに釘付けとなった。
何か、は部屋の隅で止まった。
子ネズミだった。
齧歯類が身の毛もよだつほど苦手な母が、今ここにいないことに感謝した。
ムスコはテレビでやっているアニメ"はなかっぱ"に夢中、主人もまだ職場で仕事中だ。
子どもが騒いで小ネズミが逃げてしまったら終わりだし、不潔なモノ、目に見えない菌などに人一倍恐怖する主人がこの場にいたら、すわ、一大事となるのは目に見えている。
そうなったら、この後の、子どもを無事に布団に寝かせるまでの一連の流れが滞ってしまうことは避けられないだろう。
今ここに子ネズミがいる、というショッキングな事実を1人で受け止めることが出来て助かった。
この事実を受け入れるだけで今は精一杯だ。
今なら冷静に、落ち着いて対処できる。いや、速やかに対処しなければならない。
子ネズミはまだ本当に小さく、明らかに驚いていた。
なんで自分はここに?一体何が起こったんだろう?そんな感じだ。
私は瞬間、そんな子ネズミを観察し、それからそっと静かに和室のドアを閉め、3歩後ずさりして玄関クローゼットを開けた。
そこには去年の夏、カブトムシを飼うのに使った小ぶりの虫カゴがあった。
虫カゴをつかむ。
確実に、力強く持ち、和室のドアを再びそっと開けた。
その間約3秒。
子ネズミはまだそこにいた。
正直、いなくなっていてくれたら…という思いもあったが現実から目を逸らしてはいけない。
無言で近づき、速やかに虫カゴを子ネズミにかぶせた。これでいい。ここからはもう、ゆっくり、的確にコトを済ませられる。
厚紙を虫カゴと畳の間に滑り込ませ、段ボールをフタ代わりにして虫カゴをひっくり返し、手早く段ボールとフタを取り替えた。
捕獲完了。
子ネズミはけっこう可愛い顔をしていた。
子ネズミからしたら親ネズミのいる天井裏に戻りたいだろう。
しかしそれは決して許されない。
家から出来るだけ離れた場所に連れて行かねばならない。
畳を丹念に拭いた後、テレビを見ているムスコに、「こども大百科辞典」を持って和室に来るように声をかけた。