侵入者6・一家からの挑発の日々に苦しむ。

区役所に電話をした翌日の朝、和室の天井だけでなく、リビングの出窓の天井からも騒がしい音が聞こえてきた。

昨日、少しキツく叱ったのが効いたのか、ルナは珍しく、音がする方をキッと睨みつけ、
「この壁さえなければやってやるのに!」
とでも言いたげに、イライラと前脚が届くギリギリまで伸びて天井付近の壁を爪で引っ掻いていた。

そのイライラする気持ちは私も一緒だった。すぐそばで音がするのに何も手出しが出来ない、そもそも姿が見えない。

子ネズミの一家はまるで、我々が手も足も出ないことを楽しんでいるかのように、家の壁の裏側を走り回った。

夜には、主人がリビングでテレビを観ていると、テレビの後ろの壁の裏から不快極まりない音がさんざん聞こえてきたらしい。もはや故意の犯行、嫌がらせのようにすら思えてくる。

しょせん意味のない行為とわかっていても、モップの先で音がする箇所を突きまくる。すると一瞬音が止む。
が、こんなことをしたところでただのイタチごっこだ。
日に日にテリトリーを拡大して、家を乗っ取るかのような勢いでのさばりはじめた一家に、早くもノイローゼになりそうだった。

この時はもう、家のために出て行って欲しい、という思いより、何とか一矢報いたい、という思いの方が強かったかもしれない。
ヤブ蚊に刺されまくった時に、いなくなって欲しい、という思いより、自分のことをさんざん刺した蚊をバチんと思い切り叩いてスッキリしたいという気持ちの方が勝っているのととてもよく似ている。

とにかく、区役所の担当者が言っていたとおり、一刻も早く出入口を特定することだ。焦りが募る。

かと言って、すぐに業者を探して電話をする気にはなれなかった。そこが自分の、ケチで面倒臭いところだ。
区役所の担当の女性は、自力で対処する人もいる、業者に頼むとそれなりの費用がかかると言っていた。

要は、一家が外に出かけたら、そのタイミングで侵入口を塞ぐことさえ出来れば良いのだ。
それさえ出来れば大変な作業も支出もない。

業者に頼むのは、自力ではどうにもならないと悟ってからにしよう。そう、例えば、リビングに点検口を追加で作る、となったらそれはもう私の手には余る。

「自分には出来ないから、プロに頼む」のは、良いのだが、私ごときが「自分がやりたくないから、人にやってもらう」というのはダメなのだ。
そんなの、やりたくない仕事を家族のために日々やっている主人に申し訳ない。
それに、費用がかかるとしたら、その費用の出どころは主人の給料だ。
主人は外で働いている。家のことの一切は私がやるのが当たり前だ。

ただ実際は、当の主人が、100%賭けても良いが、そんなことをするくらいなら業者にさっさと頼んで欲しい、金で解決できるならそうして欲しいと思っていたに違いないし、業者は仕事がなければ食べていけず、この案件は相場が分かっていない一般人からなので、やりやすく、おいしい案件かもしれない。
そして、仮に20万円かかるとして、短時間パートをすれば半年もしないで回収できる。
社会はそうやって円滑にまわるもの、というのも正しい考え方だろう。

それでも、そうは出来ない面倒臭い性格なのだ。抗い難い好奇心もある。

もういっときの猶予もない。このままでは家がどんどん傷み、汚されていく。
家族を守らなければならない。
と、勝手に奮い立つのであった。