侵入者11・仲間がこんなに…

車で家から5分先にあるホームセンターは、近いのでよく利用していた。
生活雑貨や子供の学用品、猫の消耗品などなど、生活に必要なありとあらゆるモノを購入していた為、たとえ目を瞑っていても、店内のどこに何があるのか熟知している…と、思っていた。

しかし人間は、自分に関係ないこと、自分が興味を持っていないことに関しては、たとえ視界に入っていても気づかないものだということが、この日初めて実感としてよくわかったのだった。

いつものように正面の自動ドアを入り、左奥の木材コーナーに向かおうとした、その時だ。

大きな看板が私の目に飛び込んできた。
正面の玄関にほど近い、大きく場所をとったコーナーの上に設置された看板。
そこには、「痛いチュ〜」と吹き出しで呟いている、泣いているネズミの絵がデカデカと描かれていた。
そしてその下の棚にはズラリと、ありとあらゆるネズミ対策用品が並んでいたのだ。
驚いた。
こんなに目立つ一角に、こんなコーナーがあることに、その日までまったく気づかなかった。
しかしその何倍も驚き、また胸が熱くなったのが、そのコーナーの前に、腕組みをして物思いに沈んだ様子の人たちが、少なからずいたことだ。

「まさか…?」
「まさか、コノヒトたちはみんな、私と同じ悩みを抱えている??」

告白すると、私は孤独だった。
この戦いの孤独さを誰にもわかってもらうことは出来なかった。

ルナは、猫であるにも関わらず、あろうことか子ネズミ一家に何の興味も持たなかった。

子どもは、もしもこの作戦を話して聞かせたら、きっと幼稚園でお友だちに「カッコいいママ」として伝えてくれるに違いない。そしてその話は「不潔な家に住む、イタイ母親」としてママたちに漏れなく伝わるだろう。

主人は、私の不用意さを心配していた。
「くれぐれも他人にこの秘密を漏らさないように」と、まるで犯罪を犯したかのように声をひそめて注意してくる。
そして喉元過ぎれば熱さを忘れる、皮膚科でもらった塗り薬が効いたようで、痒みと腫れが引いた時点で、この案件からは身を引こうとしていた。(もともと参加したのは足だけだったが。)

信頼できる筋に愚痴を言ったところで、皆、判で押したように、
「あんたの家には猫がいるんだから天井裏に放せば解決するんじゃないの」
と、面白そうに言う。

ルナを天井裏に放しても、恐らく怖くて動けないだろう。
守備よく動けても、下手したらネズミに襲われかねないし、長毛の毛がモップのように積年の天井裏の汚れを吸着し、何らかのアレルギーを発症する可能性もゼロではない。何より私の可愛い飼い猫をあんな恐ろしい空間へ放り出すなど間違っても有り得ない。

結局、私のこの不安な胸中をわかってくれる人は誰もいない、コレはたった1人で乗り切らなければならない戦いなのだ…そう思っていた。

それがどうだ。
仲間はこんなところにたくさんいた。
皆、一様に真剣かつ鋭い眼光で商品棚を見つめている。
その眼からは、1人で戦って来たのであろう、憂いを抱えながらも不屈の闘志がうかがえた。
皆、本気なのである。

私は非常に感慨深い思いで、勇者たちの集まりに加わった。
正直なところ、隣に立つ初老の男性とも、その横にいる、まだ若い、眼鏡をかけた男性とも、肩を叩き合いたかった。

しかし。
そう、この戦いは結局は1人なのである。
私は心の中で、
「グッドラック!私たちは1人じゃないから。ここに来ればいつでも仲間に会える。お互い頑張ろう。」
と呟いた。

それから真面目に棚の商品を吟味した。
世の中には、こんなにたくさんのネズミ対策グッズがあることを初めて知った。
こんなにも大勢の人が苦しんでいることを今までの私はまるで知らなかった。もう昔の無知蒙昧な自分には戻るまい。

「強接着!確実に逃さない!!」
というキャッチフレーズと、泣いているネズミのイラストが描かれた、様々な大きさの商品が特にたくさんあった。
どうやらコレは、○○○○ホイホイのネズミさんバージョンのようだ。
しかもホイホイと違って屋根がない。
ホイホイされたかどうか、すべて一瞬で、見ればわかるという恐ろしい仕組みだ。
仕組みというか、単に厚紙に強度の高い粘着テープを貼っただけのものである。

これは…。
これは…(汗)。
これを活躍させている自分を想像するのはまだ時期尚早だ。寺社修行に例えるとしたら、まだ私は入りたての小坊主さんクラス。
石段を竹箒で掃くくらいしか出来なくて当然。

まだいい。
うん。今日は下見、金額の偵察に来たんだった。
うっかり忘れるところだった。
他の商品を見てみよう。

すると、少し目立たない下段の方に素晴らしい商品があった。
外装には鼻をつまんでイヤイヤをしているネズミのイラストが描かれていた。
それはハッカの香りがするスプレーだった。

彼らはハッカのニオイが大嫌いらしい。
そこでこのスプレーを撒くと慌てて逃げ出すということだ。
先ほどのホイホイ式に比べ、ずっと平和的解決策だ。実際に手を汚すことなく、殺生なくサヨウナラが出来たらそれが最高だ。

というわけで、この素晴らしい商品を購入し、意気揚々と家路に着いたのだった。