五十二、老猫が退院して帰宅した。

「よせば良いと思ってたのに、手術しちゃったんだねえ…」

電話口で母は嘆いた。

ほんと、そのとおり。総計30万超えで苦労を買ってしまった。

でもね。
いつも診てくれてる優しい先生に、
「飼い主さんが安楽死を決めていいわけじゃないんですよ!」
とか、けっこう強い口調で言われたらそりゃ考えるって。

こんなことを言われたのにもかかわらず、他の病院で安楽死を決行したら、身勝手で非道な飼い主としての烙印を自ら押してしまったような気持ちになるに決まってる。
後味の悪さをずっと引きずってしまいそうだ。

身も心も家計も相当削っている上に、最後は後悔に苛まれるなんてイヤだし、そんな、思い返すのも辛い出来事になるのでは、何だかソルにも申し訳ない。

それに膀胱切開は高齢でも結構フツーに施術されているらしい。

にしても、ウチが保険に入っていないことなんて、先生には知ったこっちゃないから仕方ないとして、この1年間の私の大変さを一番よく知ってるはずなのに、よくあそこまでキッパリと、安楽死なんてあり得ないという態度をとったな、と逆に感心する。

この手術をしたことで、さらに膀胱収縮や機能不全の症状だって多いに考えられたはずであり、そうなると私はもう自分の生活が今よりさらに脅かされてしまう。

だからもうこれは、先生の信念なんだろうなと思う。
色々な飼い主さんが色々な考えを持っているのだから、自分の中に確たるものを持たないと態度がブレてしまうのだろう。
いちいち悩んでいたら対応しきれないのかもしれない。

さて、そんな感情の機微はありつつも、とにかくソルが帰ってきた。

扉の開く音がして、給餌係が帰ってきたと駆けつけようとしたら、ソルがいることに気づいたルナ。

え…なんで?
コイツまた来たの…?

茫然と見下ろしたまま動かない。

ルナ、ソルが帰ってきたよ…。