保育園で。保育士だってイヤイヤ期には苦労する。

※これはあくまで私の体験談をベースとした話です。保育方法をはじめとする諸々は保育園によって千差万別です。

巷ではよく、保育士の神技とか、さすがプロは違う、などと言われたりしているが、保育士だってイヤイヤ期に関わる時は大変なのである。

特にご家庭よりも大変なのは、そこが集団生活の場であるという点。すなわち、

タイムテーブルにリミットがある。
保育園の決まりは守ってもらわなければならない。

という2点である。

これは何を意味するかというと、徹底的に寄り添うのは至難の業だと言うことを意味します。

ご家庭であれば、
「今日はお散歩行かないでおウチで遊びたい」も、
「(ピーカンの夏でも)長靴はいていく」
も、
「ごはんいらない。パン食べたい」
も、
尊重することが可能である。

しかし保育園では叶わない。
「自分」を認めてもらいたいお子様にとって、思い通りにいかないというのは、腹に据えかねる大問題なのである。


2才になってまもないソウタくんは、その日は朝から激オコだった。

彼の怒りの原因はたくさんあり過ぎてお気の毒なくらいである。

まずは朝。

まだ寝てるのに時間だからと無理やり起こされた。

おっぱいで落ち着きたいのに(断乳を始めた)ママに却下された。

仕方なくお兄ちゃんがつけたウルトラマンティガーの録画を観ていたのに、良い場面のところで「時間だから」とテレビを消された。

家にいたいのに車内に拉致された。

一番行きたくない場所(保育園)に連れてこられた…。

そういった事情で、保育園のロビーで、絶対に長靴は脱がないし、ママのスカートは決して離さないと決めたのだった。

(※ちなみにこの事情は、お部屋に何とか連れ込み、長靴をバレないように脱がせている時の本人談。)

最も同情するのは、2才の彼らは、一番行きたくない場所でも他に選択の余地がないところである。

なので、その点は気の毒に思う。
会社は自己責任で辞めても良いし、義務教育でも頭が痛いと言えば保健室に行くことができる。

だが彼らの場合は、あくまでも、具体的な体調不良を他者が確認できない限りは、たとえどんな環境であっても逃げられないのである。

今日は歩くのがかったるい気分でも、熱に代表される諸症状がなければ、お友だちと手を繋いでお散歩に行かなければならないし、まだ全然眠くなくて遊んでいたくても、午睡の時間になったら布団に入らなければならない。

それをやらなければ、最初のうちは優しい先生たちもそのうち鬼と化すのだ。

個人的には、こうした集団行動は3才以降で十分だと思っている。本音を言えば、卒園まで終日広々としたところに放牧し、自由に過ごしてもらいたい。

が、雇用されている側は、園の方針には従わなくてはならない。

だから、お散歩にどうしても行きたくないソウタくんを、どうしても連れて行かなければならない。

いっそ、微熱でもあってくれたら言い訳できるのに、そうたくんは至ってバリバリに健康体である。

これが仮に、ソウタくん1人だったら、たとえどんなに散歩を渋っていてもたやすく連れて行ける。

しかし一緒に行くのは10人以上。

行きたくない気分なのは、ソウタくんだけではないし、逆に、今すぐ行きたい!早くお散歩へレッツラゴー!と、はやるお子様たちもいる。
そうしたお子様たちをいなしつつ、ソウタくんにペアのお友だちと手をつなぐように言う。

当然つながない。
あの手この手で、かろうじてつなぐことに成功しても、モヤモヤするので、その友だちに八つ当たりしたり無理やり引っ張ったり。
すると、お友だちが転ぶ。
先生が厳しく叱る。
叱られるとますます頭に来る。
泣きたくなる。

なかなか出発できない。

時間はどんどん経過する。

このままだとお散歩コースは変更、いや、下手したら散歩に行けなくなる。→園長先生に注意されるし、能力のない保育士の烙印が押される…

焦る保育士。もうここまでの段階で、既にあらゆる懐柔工作は実施済みである。

そしてソウタくんは、そんなことはしったこっちゃない。

それでも、今日のところは先生と手を繋いで行くことにして、なんとか行く気になる。

時間はだいぶ遅れてしまったが、さあ出発!

歩けばまぁまぁ楽しくなってきた。
思ったほどイヤじゃないかもな。
途中で寄った公園も楽しかった。

でも。
今日は時間がないのでもう帰ると言われた。

絶対にいやだ。
まだ公園にいたいもん。
まだまだお砂場で遊ぶんだ!
先生がおんぶしてくれるなら帰ってもいいんだけど…。

こんな時、おウチだったらママが絶対に抱っこしてくれる。

そう思ったらまたママに会いたくなってきた。

もう歩いてなんかいられない。
地面に崩れ落ちるソウタくん。

「ソウタくん、横断歩道で寝ちゃダメ!!」

鬼の形相で先生が起こそうとする。

でもソウタくんは力が入らない(入れない)。

時間が押して、お腹が空き始めたお友だちが泣き出した。

もう帰らないと、園長先生に注意される→使えない保育士認定される→色々やりにくくなる。

「ソウタくん、先生、一生のお願い!立って!!」

ああ、もう歩いてくれるなら、その信号のない横断歩道を速やかに渡ってくれたなら、先生の大事な「一生のお願い」を使うよ!

と、本日も必死な、本当はこっちが泣いてしまいそうな気分のお散歩だ。

シニア層に声をかけられるのって大概そんな時。

「あら、可愛いわねえ。お散歩ね。いってらっしゃい!」

あら不思議。魔法をかけられたようにソウタくんが起き上がり一言。

「違うよ。もう保育園に帰るとこ。帰ってお昼ごはん食べるから行かなきゃ。バイバ〜イ!」

…通りがかりの人の何気ない行為に救われることは意外に多い。

そしてソウタくんは、やはり全部わかっていた上で動かない確信犯だった。

ソウタくんの本当の願いは1つだけ。
もう少しママと一緒にいたいのだ。

でもそれが一番叶わないから全部がイヤになる。

本当はママとずっと一緒にいたかったんだよね。離れるのイヤだったんだよね。


…それにしても。

行きたくないお散歩に連れて行かれて何度も怒られるのってどうなんだろう。
今日、無理に連れてこなくても明日はその気になるかもしれない。
大人の都合だらけで、なかなか自分の思い通りにいかないお子様たち。せめて、いっこくらい思う通りにしてあげたい。
その方がコチラの要求も受け入れやすいというものではないか。

そして、その方が周りのお子様たちにとっても平和なんだけどな…と内心思いつつ、今日もなんとか園に帰ってきたのだった。