※これはあくまで私の体験談をベースとした話です。保育方法をはじめとする諸々は保育園によって千差万別です。
リョウくんは0才で入園した男の子だが、既にその頃から心に高倉健を宿しているようなお子さまだった。
一言で言ったら「男前」。
外見も切長の目に、どことなくシュッとした雰囲気。赤ちゃんにして、将来はどんなに…と思わせる大変りりしい顔をしていた。
哺乳瓶も不釣り合いで、本人もそれを自覚しているかのように、早々にコップに移行した。
そんなリョウくんは、イヤなことがあると、泣かずに黙って自分の二の腕を噛む、というクセがあった。
赤ちゃんなので、1日に何度だって泣くのが普通。
それを泣き声を立てずに黙って自分の腕をガブリと噛んで我慢するのだ。
いつも同じところを噛むので、リョウくんの左上腕骨は赤く腫れていた。
食事の時も男前だった。
黙って手を合わせて一礼する。
と、好き嫌いを一切せずにあっという間に完食。
食べ終わるとお皿を全て重ねて、
「おばちゃん、おあいそ!」
とは、さすがに言わないし、爪楊枝も咥えていないが、そんな風情で席を立つ。
既に妻子を養っているサラリーマンのような立ち居振る舞いだった。
そんなリョウくんも進級して2才になり、1日に1度だけメソッとするようになった。
散歩の時だ。
リョウくんのおウチは保育園から近い。
進級してからのお散歩コースには分かれ道がある。
真っ直ぐ進むとリョウくんのおウチにたどり着くが、そこで右に曲がる。
リョウくんは、その分かれ道に立つと、いつも里心がついてしまうのだ。
「ユリコに会いたい…。」
ポツリとつぶやくリョウくん。
ユリコとはリョウくんのママの名前だ。
この時期、パパがママの名前を呼ぶのを聞いて、ママと言わずにママの名前で呼ぶ子がたまにいる。
「ユリコ…ユリコ…。ユリコは今、家にいるかもしれない。」
などと、ユリコが止まらなくなる。
こうなるともう腕を噛むこともせず大号泣だ。
「ユリコ〜〜ッ」
日頃ガマンしている分、この時は慟哭と言ってもよいくらいに苦悶の表情で泣くリョウくん。
毎日、判で押したように繰り広げられるこの場面は、「ママ」が「ユリコ」になっただけなのに、不思議とリョウくんだと、さながら映画のワンシーンのようですらある。
そんなリョウくんを毎日、
「ユリコは今、リョウくんのためにがんばって働いているよ。ユリコもリョウくんにすごく会いたいって言ってたよ。」
と励ましながら、なんとか保育園に戻って来る。
励ましながら、毎回、こんな風に愛情表現をされているユリコさんが羨ましくなるのだった。