保育園で。噛むのにはわけがある。

「小さなお子さまの保育で気をつけなければならないコト」

の上位に常にランクインされるのが「噛みつき」だ。


「ヒトを噛む」

この野生的な行為が保育園ではたびたび繰り広げられる。


生まれ落ちた赤ちゃんは、DNA的には人間だが、まだ「人間のタネ」みたいなモノだ。


生物学的にはヒトだけれど、コミュニケーション能力的にはまだヒトではない生き物であり、人間の元、いずれ人間になる可能性を秘めたタネみたいなものである。


タネみたいなモノだけれど「サカタのタネ」のように「育て方」どおりにすれば想定どおりのモノが育つわけではない。


そもそもどんなタネなのか、袋の裏の解説もない。
双方の親の情報は有力な手がかりだが、それですべてがわかるかと言ったら、話はそんなに単純でない。


どんな肥料が良いのか、環境が良いのかは、どんなタネかによっても違うし、成長スピードも咲かせる花もわからない。

他のタネと比較のしようもない、言わば正体不明のタネなのである。


ただ、寝返りが出来てから座れるようになるし、歩き出す前には、まず立てるようにならなければならない。

逆はあり得ない。

そういった発達の順番自体は、人間に生まれ落ちた時点で決まっている。


では、その人間のタネは「噛む」という行為をなぜ行うのか。


単純に「歯が痒いから」という理由がある。


生え始めてきた歯は何かを噛みたいのだ。

そこに、おともだちのマシュマロのようなほっぺやボンレスハムのような二の腕が目に止まり、気づいたら…ということはある。



しかし、最もスタンダードな理由は「コトバ」を操れない、もしくはまだ使い慣れていないから、というモノ。


オモチャを取られても、とっさに

「やめて」とか、

「何すんだコノヤロ」とか、出てこない。


それで手っ取り早く噛む。


おともだちに興味がある、仲良くなりたい、と思っても、

「一緒に遊ばない?」とか、

「あなたのことをもっと知りたいの」とか、出てこない。


それで手っ取り早く噛む。


月齢が高くなれば、噛む原因はより複雑になる。


先生の注意を引きたいからとか、おともだちの怒った顔が見たいからとか、自分に興味を持って欲しいとか。


ヒトになるのも大変である。


そんな噛みつき事情と少し毛色が違い、私が最もマークするのは、ママが2人目を妊娠された時である。


ご家庭のバックアップ状況で違いはかなりあるのだが、個人的な実感として、これはすごく多いと感じている。


まだコトバを獲得していないようなお子さまは、それだけ大人よりもずっと野生に近い。

2人目の妊娠を、直感的に「危機」と感じるのだろう。

何やら得体の知れないモノが、自分の最重要人物のオナカにいる。


取って代わられるかもしれない。


このポジションを奪われるかもしれない。


母親がいないと到底生きていけない子どもにとって、それは生命の危険に晒されているも同然の恐怖なのかもしれない、と思う。


生き物の本能で、それを敏感に嗅ぎ取った結果、精神状態が極めて不安定になるのかもしれない。


自分でもハッキリした理由がわからない、漠然とした不安感。
モヤモヤ、イライラ、の上での「噛みつき」。


だから実際に、ポコンと誕生し、
「ホンギャアホンギャア」
と、大きな泣き声と共に実体を目の当たりにすれば、
「ああ、コレだったか。こんなものが入っていたのか。へえ〜」

となり、意外なほどあっさりと受け入れて、出産期間中にママ以外の人たちにお世話をされる機会が増えたコトもあいまって、一気に成長したように見えたりもする。

自分がお世話されたので、お世話の真似事を甲斐甲斐しくスタートさせ、パパやママを和ませてくれたりもする。

それが、年子とか2つ違いとか。まだコトバを使わないようなヒトたちの話。



コレとは別に、いわゆる「赤ちゃん返り」といわれる行動がある。

これは意外に、少し離れた年齢差で起きがちなのである。

お腹の中にいた頃には、赤ちゃんに話しかけ、名前を考えたり、生まれてくるのを楽しみにしている。

ところが実際に生まれてくると、うるさいし、事前情報ほど可愛くない。
で、みんながその子に注目する。
ママも忙しい。
まったく面白くない。
悲しい。

ということで、自分のモノを取り返すべく赤ちゃんの真似をする。精神状態はボロボロ、必死なのだ。


が、いずれにせよ一過性。

ひとときを過ぎたら収まっていく。



噛まずにいられない時期はとにかく、

「大切だよ。一番大事だよ。今日も会えて嬉しいよ。来てくれてありがとう。」

と呪文のように語りかけながら、心の中で、

「だから噛まないでね、頼むよ。今日も、噛まないでね…噛まれたら先生、始末書書かなきゃいけないんだからさ、頼むよホント…」

と呟いている。


しかし、たとえどんなに気を付けていても、野生的な能力においては惨敗なので、モノの1秒の隙をついて噛まれてしまうこともある。


そんな時は、どちらのお子さまにも心から申し訳なく思っている。


思うのと同時に、とにかく一分一秒を争い手洗い場に連れて行き、速やかに流水で冷やして、痛みとともにに証拠も消すべく努めるのだった。


※これはあくまで私の体験談をベースとした話です。保育方法をはじめとする諸々は保育園によって千差万別です。