※これはあくまで私の体験談をベースとした話です。保育方法をはじめとする諸々は保育園によって千差万別です。
勤めている保育園では、伝い歩きが出来るようになる頃から、徐々に園庭のお砂場にデビューする。
初めのうちは、バケツやスコップは出さない。
出してしまえば、そうした道具を触るのに忙しく、肝心の"砂"に触らなくなってしまうからだ。
この時期はまだ"砂"そのものにたくさん触ることを大切にしている。
サラサラと指からこぼれ落ちるのを見つめたり、砂の中に手を突っ込んで、ひんやりとした感触を味わったり、時には体ごと突っ込んでお砂まみれになったり…と、砂そのものとしっかり向き合ってもらう。
お砂場遊びはそこから始めている。
0才クラスで入園したお子さまたちも、進級まで残すところ2ヶ月余り。
お砂場にも十分慣れ、体つきもしっかりしてきた。
まだ言葉を話さないお子さまも、こちらの言うことはしっかりと理解できるようになりつつある。
ということで年明けから、お砂場セット解禁となった。
スコップやバケツに始まり、砂型やコップ、空容器などがお砂場の横の棚に並び、お子さまたちの心を鷲掴みにするこの頃である。
0才クラスの、まだまだ赤ちゃんの面影が残るお子さまたち。
小さな手で、それぞれが気に入ったモノで遊ぶ姿は、ほのぼのとして本当に可愛らしい。
1人を除いて。
しーちゃんはお砂場セットが解禁されて以来、園庭ではまったく遊ばなくなってしまった。
しーちゃんは弱冠1才にして、どうやら働いている。
園庭に出るとまず、棚からすべてのお椀を取り出し、その1番上にスコップを入れる。
それを両手で必死に抱えて、すべり台の下まで1人で運ぶ。
重いし、バランスも難しい。
この開店準備の段階で、既に顔つきが険しい。
それからお砂場まで何度も往復して、お椀一つ一つにしゃもじ(スコップ)でごはん(砂)を盛り、自分の店(すべり台の下)に戻って並べる。
支度が完了すると、ジッとコチラを見る。
呼び込みは一切しない。
ただコチラをジッと見つめ続ける。
やがて圧に負けた保育士が、
「あれ?しーちゃんゴハンよそってくれたの?すごーい!先生、食べに行ってもいいかな?」
などと声をかける。
しーちゃんは無言で頷く。
保育士が行くと、他のお子さまたちも付いてくる。
「わぁ、おいしそう!みんな見てみて!たくさんよそってくれたよ。しーちゃん、みんなで食べてもいいかな。」
コクリと頷く。
保育士が「いただきまーす!」と言って食べる(フリをする)と、お子さまたちも真似をする。
その様子をしーちゃんは相変わらず無言で、じっと見ている。
食べている(フリをしている)時、カズマくんが足元に木の実が転がっているのを見つけて、嬉しそうに拾った。
その瞬間、しーちゃんの手がパンッとカズマくんの手を払った。
木の実はカズマくんの手から転がりポトンと落ちた。
一瞬の出来事にカズマくんはポカンとしている。
しーちゃんは諭すような目つきで、
「バッチよ!メッ!(汚いでしょ!ダメ!)」
と叱った。
その後も、食べたフリに飽きてすべり台をしようとするお子さまに、
「マンマよ!メッ!(食事中よ!ダメ!)」
と叱り、
お椀の中に石や葉っぱなど、他のものを入れているお子さまに、
「ないない!メッ!(片付けなさい!ダメ!)」
など、立て続けに注意するのだった。
そろそろいいかな…と、様子を伺いながら、
「あー、おいしかった!しーちゃん、ごちそうさまでした!」
と手を合わせる。
「かーり?(おかわりするの?)」
と聞くしーちゃん。
「おかわりしても良いの?じゃ、おかわりお願いします!」
コクリと頷き、無言でゴハンを盛る。
そうして園庭にいる間、ひたすらゴハンを盛り、マナーの悪い客を叱り、おかわりの注文がないか、常に目を配りながら働き続ける。
お砂場セットを出してこの方、忙しいしーちゃんが、以前のように、すべり台を「シュ〜ッ!」と叫びながら滑っているところも、鉄棒にぶら下がって歌いながら揺れている姿も一度も見かけない。
なぜか、圧が強くマナーにうるさく、その上無愛想な"定食屋のオバチャン"になってしまう。
おいしければ客は来るが、砂を食べるフリなのだから、せめてもう少し店の雰囲気をよくしてもらいたい。
「しーちゃん、おつかれさま。そろそろお部屋に入ろうか?」
と言うと、無言で店じまいを始める。
すべて棚に入れ終わると、ようやくホッとした表情になる。
しーちゃんは一体どうして、園庭にいる間中、あんなにガムシャラに働いてしまうのだろうか。
わからない。
そうしてお昼ゴハン。
客のマナーには厳しいしーちゃんだが、本人は、盛られたゴハンの上に汁物をかけて、毎回すべてのメニューをぶっかけゴハンにしてしまうのだった。