澄み切った空に、蕾を付けて春の開花に備えている木々を感じながらお散歩に出発した。
保育園はすでに卒園式というゴールに向かってまっすぐ進んでいる。
保育士たちも心の準備を進めている。
1日1日を大切に、味わって過ごす。
これだけ濃密に同じ空間で同じ時間を過ごしたのに、卒園を境に、もう一生会わないお子さまがほとんどである。
どうかどうか幸せで。
スクスクと育ちますように。
どうしようもなく感傷的になりがちな季節である。
そんな中、もうすぐ卒園の年長クラスさんと、出かけた先の公園で偶然一緒になった。
0才の頃、1年間一緒に過ごした大切な大切なお子さまたち。
正直、近くにいるだけで泣けてくる。
が、当の本人たちは当然、覚えていない。
普段は話す機会もなく、土曜日保育で会えるお子さまもいるが、ほとんどが運動会や発表会での勇姿を裏方から見てウットリとすることくらいしかできない。
だから今日は、腰痛に負けずに出勤して本当に良かった。
カナトくんがこっちに来た。
「あかちゃんたち、何してるの?」
「遊んでるんだよ。」
「ふ〜ん。」
「ねえ、誰?赤ちゃんの先生?」
「そうだよ。ひよこ組の先生だよ。」
「ぼくもずっと昔だけど、ひよこ組だったよ。」
「そうなんだ。」
「うん。ボクも赤ちゃんだったんだからね。」
「へえ〜。赤ちゃんだったんだね。」
話しているうちに、カナトくんとのたくさんの思い出がよみがえる。
カナトくんは本当に重かった。
まさにダイちゃんと同じ、がっしり型のお子さまだ。
保育園で。ダイちゃんのように歩こうと思った話。 - onoesanと猫と保育となんやかんや。
パパと登園すると両手を広げてコチラに来るのに、ママとだとタコの吸盤のようにくっついて離れなかった。
新卒のリサ先生じゃないと添い寝で寝てくれなかった。
他の職員だと、重いのに抱っこでユラユラしないと決して寝ようとしなかった。
体は重いのに動きはとにかくすばしっこくて、便器の中に手を突っ込むのを阻止することができなかった。
水遊びが好きで、目を離すと朝から蛇口の下に頭を突っ込んで、全身ずぶ濡れになってしまった。
園庭から帰ってポンプ式の液体石鹸を出すと、手だけではなく、髪の毛も顔も泡だらけにしてしまい、何度も全身シャワーする羽目になった。
お友だちのオモチャにすぐに手を出すので、4月生まれのすみれちゃんには
「メッ!」と、よく叱られていた。
布オムツを交換する時にもじっとしていられず、仕方なく変顔を繰り出しているところを園長先生に見られてしまった。
絵本を読んでいる時に、少しその場を離れたら、戻った時には、ちぎって食べようとしていた。慌てて手を伸ばし、頚椎を痛めてしまった…
…困った。
感動的なエピソードを思い出したいのに、大変だったことしか浮かんでこない。
せっかくだから、なにかホロリとさせられることを思い出したいのに。
と、その時。
遠くにリンタロウくんが見えた。
そうだ!
あれは園庭でリンタロウくんが転んだ時だった。
お子さまが転んでも、ケガをするような転び方でない限り、職員はすぐには駆け付けない。
リンタロウくんは泣いて、なかなか起き上がろうとしない。
すると最初にすみれちゃん。
リンタロウくんに駆け寄って、頭を撫でながら、
「だいじょうぶ?」
続いて、メグちゃんもタケくんも、スズちゃんも次々にリンタロウくんのトコロに行き、
「だいじょうぶ?」
と、みんなで地面に這いつくばって顔を覗き込む。
いい子いい子、と頭を撫でる。
毎年見られるこの光景は、本当に何度見ても心が温かくなる。
ダンゴムシに魅せられていたカナトくんは完全に出遅れていた。
やがてハッと気づいて、一目散にリンタロウくんの元に駆け寄り、リンタロウくんの上に思いっきりダイブし、
「だいじょうぶ?」
リンタロウくんはもとより、巻き込み事故で潰された他のお子さまたちは全員泣き出し、さっきまで幸福感いっぱいで見守っていた職員は一斉に駆け寄ったのだった。
結局、ホロリとするエピソードを一つでも良いから思い出したいと健闘したが、最後のところで、
「大変だった…」
と、なってしまうのだった。
しばらくして、年長の先生から
「集合!」の声がかかった。
走って戻るカナトくん。
途中、チラッと振り返り、コチラをじっと見つめる。
「ボクのこと、前に知ってた?」
カナトくん、ありがとう。
先生、今、ホロリときました。
卒園おめでとう。
※これはあくまで私の体験談をベースとした話です。保育方法をはじめとする諸々は保育園によって千差万別です。