今だから話せるという話。

特別お題「今だから話せること


約半世紀前。

なので今だから話せること


あの頃の私は、幼稚園から帰ると決まってサッちゃんとテルちゃんと遊んでいた。


本当はサッちゃんと2人で遊びたかったけれど、サッちゃんのおウチの前には鎖で繋がれたビーグル犬がいて、

「もしも鎖が切れたら飛びかかってやるからな」

と、ものすごい勢いで吠え立ててくるし、いつも強烈なおしっこのにおいがするので、1人でサッちゃんの家の玄関にたどり着くことは不可能だった。


それでいつもサッちゃんのおウチの隣に住んでいるテルちゃんを先に呼びに行き、それから2人で通りに並んで、そこから大きな声でサッちゃんを呼んだ。


テルちゃんは髪を2つにしばっていて、いつもスモッグのような赤と白のギンガムチェックの服を着ている太った女の子で、私とサッちゃんが知らないようなことをたくさん知っていた。


テルちゃんは、お母さんたちが

「絶対に子どもたちだけで行ってはいけません」

と言っていた団地の公園の先まで1人で行ったことがあると言っていたし、テルちゃんのおウチの大きな冷蔵庫の裏には階段があって、サンタクロースはその階段から入ってくると話していた。


私とサッちゃんは、

「テルちゃんはいつもウソばっかり。テルちゃんのうそつき!ほんとなら証拠を見せてよ。」

と、よく文句を言った。


テルちゃんは一度も証拠を見せてくれたことはなかったけれど、私とサッちゃんは、テルちゃんがそういう話をすると決まってお互いの顔をチラチラとうかがい、相手の目が不安気に泳ぐことに気づいていた。


ーテルちゃんはホントのことを言ってるのかもしれない。



本格的に暑い夏が始まりかけたその日、私たちはテルちゃんのおうちで雑誌の付録の着せ替え人形で遊んでいた。


テルちゃんのお母さんはテルちゃんの弟を連れて出掛けていて、家には3人だけだった。


そのうちにサッちゃんが、

「のどがかわいたから、おうちでお茶飲んでくる!」

と言って立ち上がった。


するとテルちゃんが、

「ちょっとまってて。いま、飲みもの持ってきてあげる。」

と言って台所に向かった。


サッちゃんは、

「おうちで飲むからいいの!すぐもどるから!」

と、走って玄関から出て行ってしまった。


私も喉が渇いていたけれど、着せ替えが楽しくてやめたくなかったから我慢することにした。


遊んでいるとテルちゃんが来て、

「はい。これ飲んでいいよ。」

と、お盆に何か載せて持って来た。


見たこともないくらいキレイなグラスだった。
赤色と紫色のガラスを通って、反射する光がキラキラと眩しい。


中には涼しそうにカクカクと浮かんだ氷。それから金色の、不思議な色の液体。


「これ、ほんとうのトクベツだよ。すごいから飲んでみて。」

「なに?」

「しっ。いいから早く。飲んで!ぜったいに誰にも言っちゃダメだからね。」


そおっと鼻を近づけると甘くて濃厚なとっても良い香り。

ジュースかな…

口をつけてちょっとだけ舌を浸す。

ねっとり甘くて、信じられないくらいおいしかった。喉も渇いていて、ゴクゴクと飲み干した。

体じゃうがフワフワして、とってもいい気持ち。それにとっても楽しい気持ち。


その時、玄関を開ける音がしてサッちゃんが戻って来た。


「何それ?」


めざとくグラスを見つけると、サッちゃんは空のグラスをいろんな角度からうっとりと見つめた。

それからおもむろに鼻を近づける。


その瞬間、サッちゃんの顔が歪んだ。


「これ、ぜったい飲んじゃダメなんだよ!これ、お酒だよ!」


真っ青な顔で私に言った。


「おまわりさんよりずっとこわい、"けいさつ"に、つかまるんだよ!」


私は、フワフワした気持ちが急降下。

足がガクガクしてその場に倒れそう。

両手の拳をギュッと握る。

体の、どこもかしこも一瞬で冷たくなった。



テルちゃんの、

「つかまらないよ。でもぜったいにヒミツにしないとダメだからね。」

という声を背中に聞きながら、フラフラと家に帰った。


玄関を開けてヨロヨロと居間に入ろうとすると、おねえちゃんが、


「今、キタロウ見てるからね!入って来たら怖いよ〜」


と言った。


当時夕方に放送されていた"ゲゲゲの鬼太郎"が怖くて、外から帰って来た時、姉がそのアニメを見ている時は居間に入れなかった。


でも今はそれどころじゃない。


おねえちゃんの声に反応するかのように体がビクンとなり、それからギュッと何かに掴まれていたような気持ちが一気に吹き出して来て、オイオイと泣いた。


ーけいさつにつかまったら、もう家には帰ってこられないかもしれない。


いつまでも泣き止む気配がない私に、お姉ちゃんが台所で夕飯の支度をしているお母さんを呼びに行った。


お母さんは、少し湿ったエプロンで涙を拭き、

「お姉ちゃん、テレビ消してあげて。」

「え〜、もう終わるもん。終わるまで待って。」


そうして終わるまで私のそばにいてくれた。


その日の夜は布団の中でも不安で涙が止まらなかった。


幸い、けいさつは私を捕まえなかったし、卒園と同時にテルちゃんは遠くの町に引っ越してしまった。


「お題」のおかげで、知らずに友だちの家で梅酒を飲んだ幼稚園児の頃の記憶がありありと思い出され、その結果、


「どうして犯罪歴もないのにこんなに警察が怖いんだろう…」


という長年の疑問に対する答えが、忘れていたこの記憶にあるのかもしれないということに思い至った。

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この日の出来事は自分の中で封印していたのか、"お題"のテーマを見るまですっかり忘れていた。

そのため成人してからこの方、トラウマなくお酒を嗜めているのだった。

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