保育園で。粉ミルクなら何だっていいわけじゃない、という話。

※これはあくまで私の体験談をベースとした話です。保育方法をはじめとする諸々は保育園によって千差万別です。


乳児さんが保育園に入る時にネックになりがちなのが、完全母乳による育児。


産後数ヶ月での入園を希望する親御さんは、出産前から共働きを前提に、大きなお腹で様々な準備を進め、覚悟を決め、産後は計画的に粉ミルクを進めている人が圧倒的である。


従って完全母乳のお子さまの割合はかなり少ない。


ほとんどのお子さまが、入園の時にはどうにかこうにか粉ミルクも飲める状態でやって来てくれる。


考え方や思いがあっての完全母乳なので、決して否定はしたくないし、希望があればもちろん対応させて頂く。


しかしその場合は当然のことながら母乳を預かる必要がある。


特別な管理を必要とする上、最初のうちは、泣き声の止まないお子さまたちの保育をする合間を縫って、タイミングを考えながらその都度冷凍室に取りに行き、解凍し、温めなければならない。


もちろんそうした手間が増えたからと言って、保育士の人数を増やしてもらえるわけもなく、結果的に保育が手薄となることにつながってしまうのが、まぎれもない現実だったりする。


だから正直に言うと、やはり粉ミルクも飲めるようにしておいてもらえると大変ありがたいのだった。

(入園前までず〜っと完全母乳で、もうどうにも泣き止まないお子さま、何も口にできないお子さまには、こちらからお願いして母乳をお持ち頂くこともまれにはある。)


ただ

「粉ミルクが飲める」

と一口に言っても、

「なんでもいいってわけじゃないからね」

と、お子さまたちは多分、思っている。


もちろん、

「あー、もう用意して頂けるならなんだって。父も母も今、働いてますんで。」

と、積極的にグビグビと、喉を鳴らす勢いで飲んでくれるお子さまもたくさんいる。


「あれ?コレ、ちゃんとすり切りで計量した?濃くない?」

などと、少々眉間に皺を寄せながらも、乳首を外そうとすると、

「あ、いい、いい!このまま飲んじゃうから。次、気をつけてね」

と、哺乳瓶を両手で持って離さないお子さまもいる。


しかし中には、


昭和の時代のOLたちが、朝、職場でお茶を入れる時に

「部長は緑茶じゃなくてコーヒーね。ミルクがスプーン2杯で、砂糖は3杯、今日は朝から機嫌が悪いから5杯入れとけ、エイッ!」

などと忖度していたように。


夜、飲み屋のママたちが、客の好みを心得てウイスキーや焼酎の氷の量を

「あのお客さん、これ以上酔うと厄介だから次からは薄めにお願いね。迎えのタクシーが来たら1人で帰れる程度にね。」

などとこっそり調節するように。


そこまでいかなくとも、きめ細やかに対応して、好みに応じたものを提供しなければご立腹、あるいは、まったく飲んでくれないお子さまというのも中にはいるのだった。


赤ちゃんにだって当然「好み」がある。


ここで言う「好み」というのは、ミルクの味、温度、哺乳瓶の形状、飲む時の姿勢、それから好みではないが、アレルギーに分かれる。


味覚に敏感なら、それは大切にしたい資質だし、大好きなママのにおいに包まれて、いつもの場所でいつもの哺乳瓶…というわけにはいかない分、保育園に慣れるまではなおさら、せめてミルクの味くらい「いつもの感じ」に近づけたい。


新しい環境に不安で不安でしかたがない小さな命に、出来る限り寄り添いたい、と思っている。


熱めかぬるめか、哺乳瓶の乳首のタイプ、ミルクのメーカー、そして成分など、日々細かく様子を見る。


暑い夏でも熱めが好きなお子さまもいるし、たとえ冬でもかなりぬるくないと嫌がるお子さまもいる。


乳首の形状が、母乳実感なら飲めるけどPigeonはムリなお子さまもいれば、瓶に乳首を装着する際の締め具合を、ゆるくして一度にたくさん飲みたいタイプとキツくして思いきり吸いたいタイプもいる。


味については、「ほほえみ」はゴクゴク飲むけれど「アイクレオ」はちょっと…や、もちろんその逆など、メーカーによって飲む量が違うこともある。


アレルギーのお子さまに関しては、飲むミルクはもちろんのこと、哺乳瓶や乳首は、たとえ煮沸消毒をしても他のお子さまと混ざらないように別に用意している。


ただただミルクを作って提供すれば良いかというと意外とそうでもないのだった。


それこそ、飲むときの姿勢や哺乳瓶の角度、周囲の環境まで気をつけることで、飲む量が歴然と違ってきたりする。


そういったなか、フタバちゃんは全方位的にコダワリ派、マイスター肌の赤ちゃんだった。


温度は若干熱め、瓶は母乳実感、視界に何か入ると一瞬で気が逸れるので壁向きで。


立て気味の抱っこが好き、ミルクはアイクレオ
口に入って気に入らなければ、咥えた乳首をプッと口の端に押しやり、そのままミルクと一緒に口からペッと出す。出されたミルクは宙に放物線を描く。
乳母は必ずお部屋の先生、それ以外の先生は決して受け付けず大号泣だった。


飲んでいる時にそのまま眠ってしまうお子さまはとても多いが、乳首を外すと覚醒することもある。


フタバちゃんは、どんなに「寝た」と思っても、乳首が外れるタイミングで必ず起き、泣いた。


本当に徹底していた。


条件が完璧に整えばきっちり規定量を飲み切るというスタンスはまったくブレることがなく、まさしく赤ちゃんセンパイの鏡として我々の指導に当たってくれた。


フタバちゃんの口に合うよう皆が日々精進した結果、毎回、規定量を飲み干してくれるようになり、気づけばお部屋で最も低月齢なのにも関わらず、平均身長をはるかに上回る成長を見せてくれたのだった。


数ヶ月後には、

「これならもう十分に離乳食への完全移行で問題ないね、あーやれやれ、終わったね…」

と、一同、充実感と達成感でいっぱいになったのだった。


不思議なのはこの時、どうして誰一人として、


「この分じゃ離乳食も色々こだわりがありそうだね。」


と思わなかったのか。


当然出てくるはずの話なのに、その時点では誰も考えていなかった。


不思議と言えば不思議な話である。


おそらくヒトは誰しも自分に降りかかるかもしれない試練には楽観的に予測を立てる…という、まさにソレかもしれなかった。


そうして我々はこの後の離乳食期、では飽き足らず、幼児食期に至るまでセンパイにしごかれることになったのだった。