まもなく立夏を迎えるこの時期、一年の中で最も心地良い、爽やかな季節だ。
彼が昨年の夏に猫コロナに感染して生死を彷徨っていた頃は、それはひどい暑さだった。
だから正直言って今回、急性膵炎でいよいよ明日をも知れない命となったことを知った時、悲しいよりも先に、逝くのには良い時期かもしれないと最初に思ったのだった。
暑くもなく寒くもない。柔らかい日差しに鳥の鳴き声。
ひょっとしたら虫が地面から出てくる音だってちゃんと聞こえているのかもしれない。
そんな季節なら痛みも少しは和らぐかも知れないし、彼も淋しくないかもしれない、などと勝手に考えたりしていた。
まさかこんなことになるなんて。
この期に及んでそんなことって起きるのか。
高級な猫缶を食べたら生気を取り戻すなんて。
すでに人間たちは全員、ご逝去臨界体制に入っていた。
息子はソルの衰弱し切った姿を目の当たりにしてさんざん泣いたし、潔癖症の主人がリビングの中央にソルのトイレを置くことを容認した。
ドケチの私が売り場で1番高い猫缶を買ってきた。
それもこれも臨界体制に入っていたからだった。
状況が変わり、本日いったんその体制を解除することとなった。
猫トイレは元の場所に戻し、メソメソと泣きながらソルにくっついていた息子も既にゲームに夢中である。
人間は解除した。
しかし彼の心はそう簡単にはいかない。
もはやカリカリを食べる気は一切ない。
高級な猫缶を提供し続けることは不可能だ。
折衷案として、ランクを落とした猫缶を提供してみた。食べない。
色々試行錯誤している時に、ふと思いついて5才くらいの頃に大好きだったらしいシーバを試しに買ってきた。
もはや一生食べることはできなかったはずのシーバ。
記憶が残っていたらしく、小袋を見せただけでヨダレがポタポタと垂れた。
一袋を完食すると目がいよいよ元気になり、もう2階には行けないはずだったのがドタドタと駆け上がって、またドタドタと駆け降りた。
童心に帰っている。
違う味のシーバの袋も早く開けてくれと拝む。
その様子を見ていたムスコが
「またなの?」
私が聞きたい。これでは私がオオカミ少年みたいじゃないか。
あのヤツれた姿、みんなだって見たじゃないか。
まさかこんなことになるなんて。
良かった、だけでは済まない。
コトはそんなに簡単にはいかない。
8キロあった体重はもはや2キロ台、免疫も落ちている。膵臓も胃腸も膀胱も相当傷んでいる。
当然の帰結として、まず血尿が始まった。トイレの前で逡巡する時間が増えている。
ひさしぶりの楽しい食事の代償、だろうか。
病院に行った。膀胱炎だった。
他の病気も抱えている現状、本来はここで、療法食に戻すべきである。
しかし今回の復活には先生も大いに驚かれた。
食べることでこんなに復活できるのなら、薬や点滴でカバーしながら好きなモノを食べてもらいましょうということになった。
どうやら食は、ネコにも天なり。
おめでとう、ソル。
最高級品はそうそう出せないけれど、気の済むまで食べたいものを食べて、痛い目には出来る限り合わずに、いつか旅立てますように。