おノエ、お金持ちを家まで送る。

 

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動物病院で偶然出会った、お金持ちオーラを放つ女性と赤ちゃんと茶トラの猫を車に乗せて、家まで送り届けることになった。

 

そう言えば先月も初対面の人を車で家まで送っていった。ホームセンターで会ったおばあちゃんだ。

 

1人、大小さまざまなゴミ箱が陳列されたレーンで考え込んでいた。目が合うとかすかに首を傾げながら、独り言のように話しかけてきた。

 

大きくてバケツみたいな形のゴミ箱が欲しいのだけど、家まで歩いて持って帰るのは無理かしら、頼んだらお店の人が持ってきてくれるのかしら…

 

店員さんに聞いてみると、配送代を払えば明日届けられるとのことだった。歩いてきたなら家は近いのだろう、そう思い、送っていくことにした。

 

青色のゴミ箱を車に積むと、おばあちゃんはとても嬉しそうに後部座席に続いて乗り込んだ。何度も何度も「良かったわ〜」と言ってくれた。

 

その時と今回とでは勝手がまるで違う。おばあちゃんの時は全く緊張しなかったし、車内の汚れ具合など気にもとめなかった。

 

今回は「助かります」と言われてから緊張が止まらない。おばあちゃんを乗せた時の、ひたすら良い気分でいられた私とはまったくの別人である。

 

しかも赤ちゃんがいる。決して事故に遭ってはならない。もらい事故も絶対ダメ。石に齧りついても安全に送り届けなければ。

 

まったく、こんな責任の重いことをどうして自ら申し出てしまったんだろう。バカバカ!私のバカ!速やかにミッションを遂行して楽になろう。

 

教習所並みに指差し確認をし、「それでは出発します!」と宣言した。そんな私の様子を見て、後部座席の女性はかすかに動揺の色を見せた。

 

ご自宅はきっと、前に散歩中に迷ったあたりだろう。お城のような家が建ち並び、どこの世界に迷い込んでしまったのかと驚いたあの界隈…。

 

そう予想していたが、意外なほど我が家から近い場所であった。それなら、そこまで浮世離れしたお金持ちではないのかもしれない。

 

あれ?案外、普通の人?…いやでも、この前のおばあちゃんや私とは何かが違う。…余裕?貫禄?私をこんなに緊張させるこの空気は一体何?

 

そもそもの発端は、もちろん誘った私だ。でも、考えれば考えるほど謎は深まる。一体どうして断らなかったのだろう。

 

どう見てもお金には困っていない。タクシーを使ったほうがよほど安心で効率よく、気持ちも楽だっただろうに。善意を断れないとか?

 

グルグル考えていたところに、後部座席で赤ちゃんが起きた気配がした。私の頭の中は瞬時に赤ちゃんに占領された。

 

「赤ちゃん、起きました?」

 

「ええ、今、目が開きました。ね、よく寝たね」

 

「今…5ヶ月くらい?」

 

「ええ、まさにそうです。よくわかりますね。」

 

年が上がるにつれ誤差が大きくなるが、このくらいの月齢なら、ほぼ100%当てる自信がある。

 

「一昨年まで保育園で働いてたんです。このくらいの赤ちゃんは本当に可愛いですよね。見てるだけでこっちも癒されます。」

 

「保育園?保育士さんってことですか?」

 

「そうなんです。でも今、色々事情が重なって、コアタイムで働く契約だと迷惑をかけそうなので、やむなくお気楽な働き方をしちゃってます」

 

「お気楽な働き方…」

 

「ええ、まあ、こっちの都合に合わせてと言いますか…」

 

「保育の…?」

 

「そうですね、お子さまの療育支援やお母さまの産後鬱やお病気で育児が困難な場合のお手伝いですとか…育児周りのお手伝いってところですかね…」

 

「…あの、…あ、そこを右に曲がった角の家です。」

 

女性は何かを言いかけたが、家はすぐそこらしい。ああ、どうやら無事にやり遂げた。ご褒美にスーパーに寄って唐揚げを買って帰ろう。

 

「駐車場に一度入ってもらっても良いですか?」

 

おう、もちろんだとも、路上より安全だしお安い御用だよ…と思ったのと同時にエントランスが見えた。

 

一度バックで入れて、と言われたのは4台置ける駐車場の最も玄関寄り、他の3つの駐車場には既に車が停まっていた。

 

車種は全然興味がないのでさっぱりわからないが、一台は黄色いポルシェだ。横にポルシェと横文字がデザインされていたから間違いない。

 

その隣は、外車なのはわかるけれど、私が知っているベンツとかボルボとかではなかった。うん、なんか外車。高級で上品な雰囲気の外車が2台。

 

ははーん、車関係のお仕事か。するとここは店?いやいや、ただの豪邸にしか見えない。

 

車関係のお仕事なんですか?と聞いてみると、少し驚いた顔で私を見て、それから車を見て、ああ…と笑った。

 

「ああ、そう思いますよね。もう、こんなにいらないのに。夫が好きですぐに買っちゃうんです。これ以上の台数はダメって言い聞かせてます。」

 

と微笑んだ。

 

そして、ケージを運ぶのを手伝おうと運転席から出ようとしたその時、彼女は言った。

 

「良かったら是非、家でお茶でもいかがですか?」