「お茶でもいかがですか?」
ーん?今この人なんて言った?え?うそ、私、誘われた?
…いや待て、これは言葉のトリックの類かもしれない。もしくはお金持ちのマナーの一種なのかもしれない。ほら、確か京都では、お茶のおかわりを勧めてくるのは、いいかげん帰れよという意味だとテレビでやっていたではないか。
でもここは京都ではないし、言葉に熱を感じる。どうやら彼女は本気で言ってくれているように思えた。
でもなぜ?さすがに会ったばかりの人間をいきなり家に誘うのはおかしい。しかも今日は、いや、今日も、上から下までユニクロだ。
女主人が許可を出しても守衛さんにドレスコードではじかれるだろう。いや、さすがに守衛さんはいないか…
はっ!?これはもしや、私の醸し出すエツコイチハラのオーラを感じ取って、家政婦にスカウトされるのでは?おノエは見た!なーんてね…。いやいや、さすがにそれはないだろう。では目的は一体何?
どうしよう。どうするのが正解なのだろうか。戸惑っていると私の中のチビデブおばさんが、早く家に帰ってのんびり唐揚げでも食べようよ、と言い出した。私もそれがいいなと思う。すると今度は、私の中の渡辺篤史が、とんでもない!と身を乗り出した。
昔から「渡辺篤史の建もの探訪」が大好きで、今はBS朝日放送回を毎週録画予約している。こだわりの詰まったステキな建物と幸せ溢れるステキなご家族のおウチの中身を見せてもらえるこの番組が、onoesanこと私は大好きである。
一度で良いから渡辺篤史の役をやってみたいと思っていた。このチャンスを逃したら、現世でお金持ちの家に入るチャンスはもう2度と訪れないだろう。
そうして、時間にすると数十秒、気持ちが固まった。
「そんな…とんでもないです、赤ちゃんもいるのに…」
と、きっちり3回繰り返した後、
「そうですか?本当に?なんだか申し訳ないです…そうですか?ではでは…あ、すぐに帰りますからどうぞお構いなく」
月面着陸したかのようなフワフワとした足どりで女性の後に続き、いざ、玄関の扉の前に立ったのであった。