おノエ、お金持ちの気持ちに勝手に寄り添う。

 

onoesan.hatenablog.com

初対面の、お金持ちらしき女性を家まで送ったら、良かったら家でお茶でもと誘われた。

お言葉に甘えて上がり込み、ひさしぶりに興奮を覚えるonoesanこと私であった。

 

女性は、ソファーの前に置かれたテーブルにお茶の入った藤色のカップを置いた。赤ちゃんをはさんで向かい側に座る。

 

まだ少し熱いかもしれませんがどうぞ、と勧めながら、寝返りに飽きたのか、ぐずりだした赤ちゃんを抱き上げる。

 

それから、こんな風に誰かとお茶を飲みながら話すなんてひさしぶりです、と言ってゆるく笑った。

 

「もしかして、ここには最近引っ越されてきたんですか?あの…、おウチが新しそうだなって」

 

「そうなんです。実はここ1,2年、本当に色々なことがあって。引っ越してきたのも去年なんです」

 

「ご実家は遠いんですか?」

 

「ここからだと車で2時間はかかるかな。…と言っても親も高齢ですし、私も運転ができないのでなかなか…」

 

ああ、なるほど…つまりこれは、誰かと話がしたかったということか。

…いや、でもわかるよ、うん、わかる。誰も知らない土地で、いくら可愛いとはいえ1日中赤ちゃんと2人きり。そりゃ誰かと会話をしたくもなるよね。

それにしても、こんな、知らないおばさんの車に乗って、あげく家に入れる…その心境はいかほどだったろう…こんなに綺麗な人がお気の毒に…まあでもそういう事情だったのか。初めての子育ては大変だよね…。

 

勝手に納得がいき、私はとても満足した。

 

「赤ちゃんとずっと2人きりは、いくら可愛くてもしんどいですよね」

 

お決まりのセリフを口にしたその時、どこにいたのか茶トラの猫がやってきた。

女性が腰を落ち着けたのでチャンスだと思ったのだろう、赤ちゃんを抱いている女性の膝に無理やり割って入ろうとする。

 

「わあ、すごい、甘えん坊ですね。ウチの猫たちじゃ、ありえないです」

 

「本当ですよね、この子は特に甘えん坊で。私が娘といる時に限って間に入ろうとするんです。もう1匹はそうでもないんですけど」

 

「いくつなんですか」

 

「去年うちに来たばかりで、2匹ともまだ1才なんです」

 

「わぁ。若くていいなぁ。ウチはもうどっちも年寄りの病気三昧で、1匹は余命も宣告されてて、ほとんど介護生活です」

 

「わかります、すごく。私もあの頃はもう、なんにも手につかなかったな。」

 

そう言って女性は、視線を出窓に投げた。出窓に置かれた水槽の陰に、骨壺が入っているのだろう、布製の小さな入れ物が大切そうに置かれていた。そのまわりに数枚の黒猫の写真が飾られている。

 

「19才まで頑張ってくれたんですけど、腎臓の病気で一昨年の冬に」

 

「そうだったんですか。…あれ?じゃ、割とすぐに新しい子たちをお迎えした?あれ?赤ちゃんが来ることがわかってから、その…?」

 

しまった。これはとても余計なお世話、プライベートな話につながってしまうじゃないか。

 

言葉に詰まっていると、女性は微笑んで教えてくれた。

 

「どっちが先だったか…多分、猫たちが来てから妊娠に気づいたんだったかな。本当に同じくらいだったと思います」

 

「…でも、赤ちゃんと猫2匹って大変ですよね。ごめんなさい、ウチも同じようなタイミングでものすごく大変な思いをしたのでつい…。立ち入ったことを聞いてしまって」

 

「全然。実は私も、前の子の最期がものすごく辛かったので、もう飼うつもりはなかったんです。夫にも、そうはっきりと言い聞かせていたんですけど、結局、彼、我慢できなくなってしまって…」

 

重度の猫ロスにかかってしまった旦那様が、たまたま会社の近くの、譲渡会の貼り紙がしてあるお店に吸い寄せられ、そのままトライアルだからと家に連れて帰ってしまった。それも2匹…。

 

「来ちゃったら私だってもうダメでした。それで結局迎えることに」

 

「そうかぁ。そりゃ、家に来られちゃったらもうダメですよねえ。」

 

「そうなんです。あの、それで…」

 

そうかそうか、なるほどね。まあでも、そういう事情で話し相手になれたのなら良かったよ。いや、むしろ気分転換になったから、こちらこそありがとうだよ…。

 

ん?…あの、それで?

 

そう言えば、車の中でも何か言いたそうだった。あれ?話し相手が欲しかったんじゃないの?

 

お茶を飲むのをやめて女性の顔を見ると、女性は私をじっと見ていた。

 

令和の、アフターコロナに、誰かと話したいという理由だけで初対面の人間を家に招き入れるなどという昭和な出来事はどうやら起きないらしい…と、その時に悟ったのだった。