怯えた顔をして、重い病を抱えて我が家に来てから1年半。
次から次に襲いかかる新たな病を、そのたびにスレスレでかわして逃げ切り、生き延びてきたソル(オス猫15才)。
逃げ切るたびに世話は大変になり、愛着はどんどん深まった。
でもとうとう、本格的な夏を前に逃げられない病に捕まってしまった。
また新しい病名だった。肥大型心筋症。
左肺に水が溜まり始めているとのこと。
ああ、だから何となく左胸が固くなった気がしたのか。
呼吸が荒くなったのも、動かなくなったのも気持ちが悪かったからなんだね。
余命と、これから先どんな風に病気に覆われていくのかをザックリと教えてもらった。
まだ山のように残っている薬はもう一切あげる必要がない。
肺の水が出せると少し楽になるので、今日出す利尿剤だけ試してくださいとのことだった。
この2ヶ月、2人でアスリートとマネージャーみたいに連携して1キロも太れたのにね。
せっかくゴツゴツの背中がベルベットみたいな素敵な撫で心地になってきたのに。
この1年半、いつか来るこの時を、粛々と淡々と受け入れてカッコよく行動できるように、心の準備と覚悟を周到に重ねてきたはずだったのに、ルナの病気が重なって、今までで一番気を抜いてしまった時に捕まってしまった。
キレイに洗って干して、タンスの上に置いたソルの冬用のカマクラ。
心のどこかで、あわよくばこの冬も使えるかもしれない…と、考えていたことに気がついた。
なんだろう。
まだ、これからという段階だというのに、今からこんなに目から滝のようにドバドバと水分が出っぱなしになるなんて。何てこった。
多分。
希望がゼロになってしまったけれど今は生きている。
寝ている姿はまだそんなにいつもと変わらない。
赤ちゃんみたいなヌクヌクとした顔をしている。
生後8ヶ月の後追いを始めた男の子のようにくっついて歩きたいのに、そんなに歩けなくなったから、起きるとずっとこっちを見ている。
そんなことのせいかもしれない。
先月、16才のチワワを看取ったばかりの友だちや、今までたくさんの伴侶動物を看取ってきた友だちが、こんなことをたくさん経験してきたことを思うと、彼らのことを尊敬しないではいられない。
みんな本当に偉かった。
ああ情けない。まさか40年前の飼い犬との別れの時のように泣くつもりだろうか。
しかし、これ以上ないくらい可愛いと、コチラが認めざるを得ないところまで生きてからこの仕打ち。
まったくひどいよと思うけれど、多分この別れに目を背けることなくちゃんと向き合えたら、いずれ来るルナや、近しい人たちとの別れ方のコツもきっと少しはわかるだろう。
猫は姿を消すのがスタンダードスタイルらしいよ。
でも望んでくれてるみたいだから出来る限りはそばにいるよ。
送り出すその日まで、普段どおりの穏やかなフリをし続けたい。
穏やかな日常の中で看取れるなんて、こんなに幸せなことはないのだから。
自分に今、付き合える体力と時間、(老後2000万問題なんて別世界に住む人たちの話だけれど)現在は何とかまわっている家の経済とか、それから置かれた環境に、心から感謝。
ソルに安心して過ごしてもらうためにも、ルナに「この人ホント、意気地がないダメ飼い主…」って呆れられないためにも、泣かずに過ごすことはどうやら早くも諦めた方が現実的なので、泣く分も含めていつもの倍は笑う機会をたくさん作ろう。
さだまさしも関白宣言で、いつも笑顔でいろ…できる範囲でかまわないから、と歌詞に書いていた気がする。シチュエーションはちょっと違うけど。
まあ笑顔でいよう。できるだけでいいんだから。