十二、まさかの投薬ライフ。

 

いよいよ決戦の朝が来た。

もう一度YouTubeの神動画をおさらいする。

カッカッカッとつぶやきながら近づく。

怖い。手がちょっと震える。深呼吸する…。

本当ならば、病院で2人がかりで何とか処方しているのだから、リモートやら夏休みやらで家にいる他のスタッフ(主人とムスコ)に協力を要請することもできた。

でも私にはわかっていた。察しの良いソルにとって、2人がかりで身体を拘束されたら恐怖は増幅し、結果ますますパニック状態になり大暴れ、ビビったスタッフたちの行動はますますソルを怖がらせ惨憺たる結果になるだろうということを。

私が1人でやるしかないのだ。

猫撫で声で近づき、後退り出来ないように左膝をお尻に当てる。頬骨を持ち上げる。

ダメだ、外した。もう一度。舌の上に落ちてしまった。まずい。味がしてしまう。吐き出した。逃げた。やり直し。もう一度。落ち着いて…。

何度も逃げられ、格闘した挙げ句、どうにか一瞬開いた口のど真ん中、喉の奥に偶然落とすことに成功する。すぐさま喉をさする。すると喉が、ゴックン、と動いた。え??ひょっとして入った?錠剤が落ちていないか辺りを探す。うん、落ちてない。落ちてない!やった!成功だー!!

 

こうして初めての錠剤投与はとても時間がかかった上に、イヤなことをされた印象こそ持たれてしまったが、泡を吹くこともなく口に入れることが出来た。明日からコレを朝晩やるのかと思うとかなり気が重くなったけれど、やらない選択肢はないのだから仕方がない。

そして明くる日。

遊んでいるのか何をしているのか、自分は一体、朝から何をやってるんだ…何のために生きてるんだろうか、と呟いてしまうくらいは家の中をグルグルと追いかけっこする羽目にはなったが、何とか投与したところで病院に行った。

先生はヒーローインタビューこそしてくれなかったものの、1人で投与したことを伝えるととても驚いて、とても喜んでくれた。私はそれで十分満足した。そして2週間分の錠剤をドサッとくれた。これには気が重くなった。

 

しかし日々は過ぎていき、かれこれ錠剤をあげ始めてから数ヶ月が経った。既に軽く100回以上あげていることに改めてビックリする。1番ビックリしているのは、今現在、錠剤をあげることに何のストレスも感じなくなっていることだ。むしろスキンシップの時間のような、赤ちゃんのお世話をしているような、幸せな気分にすらなることがある。

もはやコトは瞬殺で済む。逃げないから押さえつける必要すらない。ちょっと頭を上に反らせば抵抗なく口をパッカーンと開けてくれる。そしたら舌に落ちないよう、真下に落とせば良い。落としたら、すぐさま口を閉じて鼻にフッと息を吹きかけて喉を優しく撫でつつ、チューブになっているちゅ〜るの「ちゅ〜ぶ」という商品をスタンバイしておき、それをすぐさま口に塗ってあげたら完了。

この時点で彼は、錠剤を飲まされた?ちゅ〜るをくれた?あれ、今どっちだった?みたいな顔をしているが、口先を舐めてるウチに「ちゅ〜る、やっぱ最高だな。」という感想で落ち着いているようだ。

ソルの口がひらく時に、自分の口もどうしてもひらいてしまうのは、子どもに離乳食をあげている時と同じでちょっと懐かしくなるのだった。

当初イメトレを繰り返したカッカッカッ大作戦は結局のところ実戦では一度も役に立たなかった。

成功の秘訣は投与直後に口先に塗り付けるちゅ〜るに他ならない。クスリを放り込むと、口先がチュパチュパとちゅ〜る求めてスタンバイを始める。その動きが嚥下を促すことに一役買っているように思う。

これは完全にオリジナルで邪道な手口かもしれない。YouTubeに登場する神動画の神たちがこんな姑息な手を使っているところを見たことがない。しかし私もソルも、この方法で大変友好的に投与ライフを送れており(多分)お互い大満足している。

唯一にして最大の難点は、こんなに投与しているのに、コロナを乗り越えても下痢は治らないことなのだった。