保育園で。「はて?」から始まるという話。

※これはあくまで私の体験談をベースとした話です。保育方法をはじめとする諸々は保育園によって千差万別です。


0才クラスから入園するお子さまには、正真正銘の「赤ちゃん」もいれば、1才近い歩き始めのお子さまもいる。


心身ともにダイナミックな成長を遂げる、そしてそれを目の当たりに出来るクラスである。


一番小さなお子さまは、まだ寝返りも打てなければ座ることもできない。

「おなかがすいた」
「ねむい」
「あつい」
「さむい」
「かゆい」
「いたい」
「きもちわるい」

もう少し育ってくると、

「つまらない」
「かなしい」
「さびしい」

など。そういった諸々をすべて泣くことでしか表現できない。

だから一生懸命に泣く。

どうして泣いているのか、考えられる原因を探って対応する。

わからない時もある。

考えられる理由のすべてを確認しても泣き止まない時は、担当を変えたり、心地よい音を聴かせたりすると、意外な発見があったり落ち着いたり。

この時期のお子さまの泣き声というのは、自らの不快を取り除いてもらうための唯一の手段なので、それはもう耐えがたいトーンの大音量で、とにかく一刻も早く静めたくなる。

ワンオペのお母さんが泣きたくなるのは、こういう時だろうな…と思いつつも、こうした時間はほんの束の間だと身に沁みているため、また、1人で見ているわけではないという安心感もあってだろう、むしろ、この懸命な泣き声を味わっている自分もいる。


この時期はみんな、可愛く笑うことも増えるものの、まだまだボーッとしているように見える時間も多い。


そして、最初の最初の頃というのは大抵、

「はて?」

というお顔をしている。


海苔を貼り付けたような眉毛で、小さな頃のえなりかずき君にそっくりなトオルくんは、「はて?」のお顔がとてもよく似合っていた。

泣いているトオルくんに、

「おなかが空いたね。」

「はて?」

「つまんなかったね。」

「はて?」



ここが、始まり。


少し経つと寝返りが打てるようになる。

やがて自らの腕の力でググッと地面を押して、顔を高く持ち上げられるようになる。

自らの手で視界を一気に広げた、この時の勝ち誇った顔には毎回とても感動する。

そして、この頃だ。
がぜん、イキイキとした表情になってくる。
目がキョロキョロと辺りを見回す。


「おいおい、なんだなんだ!?この世界は?」

とでも思っているよう。


そしてハイハイが始まり、椅子や階段をよじ登りまくり、伝い歩きをして、歩き始める。

視界はさらにどんどん広がる。
(視力もこのあたりで1.0程度)

好奇心が溢れ出す。

そうなるともう、「はて?」なんて顔、してられない。


自分からどんどん見つける。

そして新たな発見をしては、

「あっ!」

と指さして教えてくれるようになる。


ヒラヒラと落ちてくる葉っぱを見つけて

「あっ!」

っていうお顔。

ああ。
世界の素晴らしさにとうとう気がついたか!


(カラダはツライけど)なんて幸せな仕事だろう。



そして、とうとう。

とうとう、コトバ。


お散歩で車を見かけて、

「クウマ!」

園庭に転がっていたボールを見つけて、

「(ぼ)おる!」


それはもう世紀の大発見とばかりに教えてくれる。


まだまだハッキリとした言葉ではないから、こちらもリスニングには相当気合を入れなければならない。


ここで、お子さまの意図を汲み取れるか汲み取れないかで、

「コイツはハナシのわかるやつ」

かどうか、お子さまにジャッジされるのだ。

何を言いたいのか、耳に全神経を集中させ、推理を働かせる。


ある日、トオルくんが真っ青な空を見つめて、

「あ!」

と指をさした。

トオルくんは真剣に空の一点を見つめている。

なんだろう。何を発見したのだろうか。

必死でトオルくんの目の先を追う。

わからない。

「はっぱ?」

「こーき(ひこうき)?」

「ちょーちょ?」

トオルくんの伝えることができるコトバを並べる。

しかしトオルくんは微動だにせず、指をさし続けている。

「正解ではない。もっと深く考えろ。」

と、態度で私に伝えている。


それでも全くわからない。


トオルくん、先生、全然わからないよ…」

呟いて、降参しかけたその時。

トオルくんがクルッと振り返って、ニッコリ笑った。



そうして目をキラキラさせて、

それは嬉しそうに、


「ないねぇ!」



そう。雲ひとつない良いお天気。

青い空には、空の他にはなんにもなかった。


ーそう来たか!

「ない」ことがわかるようになったトオルくん。



「はて?」のお顔、可愛かったなぁ…。