保育園で。ママの顔が曇ったのが目だけでわかった、という話。

勤めている保育園では年に3回、保育参観がある。

今年も、年度最後の保育参観が近づいている。

3才くらいまでのお子さまたちは、ひとたびパパやママの顔を見つけたら最後、もう戻ってきてはくれない。

たとえ戻ってきても、嬉し過ぎてチラ見が止まらなくなる。

だから、パパとママにはあの手この手で正体を隠していただく。

やり方はさまざまだ。

例えば。

吊るされたカーテンに開けてある小さな穴から覗き見る。

帽子やマスクで顔全体を隠す。

全体的に変装する。

変装を通り越して仮装する…紙袋をかぶったり着ぐるみを着たり。
(この場合、場を共有することは出来るが、落ち着いて我が子を見ることはムズカシイ。)

…などなど、部外者からしたら笑ってしまうが、お子さま相手に必死である。

勤めている園では、保育室の窓全面に目隠し用のシートを貼っている。

貼るときに、窓枠から2センチくらいのスキマを開ける。

そのスキマから中を覗いてもらうのである。

保育室の中から見ると、週刊誌などで一般人の目の所が黒塗りされたりするけれど、逆に黒塗りされる箇所だけが見える状態となる。

最初の頃は、目だけがたくさん、色んなところからコチラを見ているのでドキドキした。


いずれの方法を取るにせよ、とにかくお子さまに気づかれないように、パパ、ママには全力で気配を消して頂く。


戸外へお散歩に行く際には、充分な距離をとって遠巻きにご覧頂く。

忍者のように、時に茂みに隠れながら回り込むなどし、距離を取りつつ、悟られないように迅速についてきてもらう。

ご両親で参観に来られる場合は問題ないが、パパが一人で来て単独行動をとってしまうと、ご近所の方から不審者に間違われて通報されてしまう危険があるので十分な注意が必要だ。


去年の参観の時のことだ。

その日、9時過ぎに0才さんの保育室に入ると、既にお部屋の窓のスキマからは、たくさんの熱い視線が注がれていた。

毎回、参観の朝は気が重い。
その目線は、私などには少しも注がれないことは分かっている。
皆さん、可愛い我が子を見に来ているのだ。
けれど粗相のないようにせねばならない。

最初の3分くらいは緊張している。
(3分も経つと、見られていることを意識する余裕などすっかりなくなる)

その日も、ママ手作りのチュニックワンピースを着たチズルちゃんはとっても可愛らしかった。

チズルちゃんのママは、あろうことか布おむつカバーまで手作りする、お裁縫がとっても上手なママである。

だからチズルちゃんは、いつも、ママが作った可愛いチュニックワンピースを着ていた。

本人も1才にして、
「この服を着たアタシは、かなりイケてるみたいね」
と思っている。

登園するとしばらくの間、裾がなびくようにクルクルとまわってみせる。

それがチズルちゃんの日課だった。

そして我々保育士は、チズルちゃんがひとしきり回り終わると、

「そろそろ詰めましょうか」

と誰かが言い、そのタイミングでおトイレに誘う。

オムツを交換したら、履いているレギンスの中に、チュニックの裾をぎゅうぎゅうに詰め込む。

それから、パンパンに膨れあがったレギンスを、これでもかと上に引き上げる。

それが日課だった。


上着の裾は下のズボンに収めなければならない。
当たり前のことだった。

理由はもちろん、おともだちが引っ張ったり、何かにひっかけたり、自分で踏んづけたりと、そうした事態を回避するためだ。


ただチズルちゃんは、着ている服の性質上、圧倒的過ぎるちょうちんブルマ感だった。

だからよく、

「ママにはちょっと見せられないですね…」

などと話していた。


そのくらい、チュニックワンピースの裾を、紙オムツの上に履いたレギンスに詰め込むと、ちょうちんブルマ風になってしまう。

1才のお子さまだから、何をどんなふうに着ていたって可愛い。

だけど、ちょうちんブルマの醸すテイストは、オシャレなチズルちゃんのママが意図した可愛さとは別の可愛さだ。

だから保育園では、実のところ、お散歩に行く時ですら、ず〜っとその格好なんだけれど、お迎えの時にはしれっと元に戻していた。


ところが参観の時、このことをすっかり忘れていたワタシは、いつも通りパンパンに詰め込んだレギンスを思いっきり上に引っ張り上げてしまっていた。


そのスタイルで、チズルちゃんと一緒にオムツ替えのスペースから出てきた時、たまたま外から覗く視線と目が合った。


窓のスキマから覗いているのは明らかにチズルちゃんのママで、顔が曇ったことが目だけでわかってしまった。そうして、やってしまったことに気がついた。


でも、もうどうすることもできない。

せめてもう少し控えめにやれば良かった。

今日のレギンスは大きめだったから、胸の辺りまで引き上げてしまっていた。


そうして。

その日を境にチズルちゃんのワンピースの裾はすべて短く詰められたのだった。

ちょうちんブルマのチズルちゃんも、チュニックワンピースに負けないくらい可愛かったので、密かに残念に思っている。


※これはあくまで私の体験談をベースとした話です。保育方法をはじめとする諸々は保育園によって千差万別です。