保育園で。中学生が職場体験にやってきた話。

働いている保育園では年に1回のペースで、職場体験として地元の中学生を受け入れている。


3年生になると受験を控えてそれどころではないため、来るのは1年生と2年生の保育体験を希望した子たちである。

希望するだけあって、子供好きで面倒見の良い子ばかりだ。


ただ3日間で終了してしまうし、何人も来るので、期間が過ぎれば顔も名前も忘れてしまう。


でも米田くんのことだけは、いつまで経っても懐かしく思い出すのである。



米田くんは職場体験当日、他の中学生たちに3メートルくらい遅れ、うつむき加減で保育園に入ってきた。


他の子たちが健康的でまっすぐな印象の中、ひとり、反抗期の真っ只中です!今かなりフテくされてます!赤ちゃん絶対ムリです!と体全身で訴えていた。

髪を染めていないことに逆に違和感を感じてしまうような、ヤンチャな雰囲気の、絶賛中学2年生だった。


園長先生に挨拶をしてから、2人ずつ指示された部屋に入って行く。


米田くんは、小柄で笑顔の可愛い女子中学生と共に、0才さんのお部屋に入ってきた。


入るなり、部屋の一番端っこの方に胡座をかいてドッシリ座った。

そしてまったく興味なさげに、ただただ時間が過ぎるのを待つことに決めたらしく、視線は漫然と床に向けていた。


一方、女子中学生の方はニコニコと笑顔でお子さまたちに近づき、早速一緒に遊ぼうとしてくれている。


私は米田くんに驚いた。そして、

「これは時間の問題だな…。」

そう思い、見守ることにした。


そうして。案の定。

思った通りの展開だ。


しばらく経つと、お子さまたちのほとんどが米田くんの方をジッと見始めた。

最初に動いたのはやはりコウタくんだった。

少し近づく。ジッと見る。また一歩進む。また一歩…。

米田くんが視線を合わさないことを良いことに、さらに動かないことに多いに安心して、着実に距離を詰めている。

そしてその気配に耐えきれなくなった米田くんがコウタくんの方を見たその瞬間、コウタくんは米田くんの胡座の上に乗っかった。

コレはオレの獲物だ!と言わんばかりのドヤ顔。

それを合図にワラワラとお子さまたちが近づいていく。


0才さんのお部屋には人見知りの真っ只中のお子さまも多い。

知らない人の「視線」は、たとえ笑顔であっても時に怖いものであり、特に人見知りの強いお子さまや、まだドキドキしているお子さまに対する時には、目を合わさない方がうまくいくことがけっこうある。

そして胡座をかいてドッカリ落ち着く。
コレもお子さまにとっては大きな安心材料だ。

もう1人の女子中学生は小柄なので大丈夫だが、米田くんのように大人並みの身長だと、動かないでドッシリとしていた方がいい。

米田くんは期せずして、お子さまたちを最も呼び込む理想的な体勢を取っていた。


好奇心いっぱいのリナちゃんは、米田くんの背中にまわって、そこから頭に向かってよじ登り始めた。

首を掴んだ時に、米田くんの首元から、シャツの襟で完全に隠されていたチェーンのネックレスが一瞬キラッと光った。キラキラに目がないカスミちゃんが見逃すわけがなかった。

吸い寄せられるように米田くんの首に手を巻きつけたカスミちゃんは、上手にチェーンを引っ張り出した。


ここまで、あまりの出来事に半ばパニックになっていた米田くんが、そこで初めて顔を引き攣らせて怒りかけたその時、

一緒にお部屋に入った女子中学生が、

「え〜!?なんか米田すごい!モテモテじゃん。いいなぁ〜」

と、心底羨ましそうに言った。

米田くんは怒るタイミングを失った。

その後もひっきりなしにお子さまたちに登られ、抱きつかれ、鼻水をつけられ、ベタベタした手で揉みくちゃにされているうちに昼になった。

米田くんは休憩に行き、お子さまたちは「アイツがいない」と訴えてきたが、お昼ご飯を食べてしばらくすると全員がお昼寝に入った。

休憩から戻ってきた米田くんは、皆が寝ていたのでホッとしつつも所在なさげだった。

チャンスとばかり、聞いてみた。

「米田くんはどうして保育園を体験してみたかったの?」

米田くんは仕方なく答えてくれた。

「いや、全然。学校サボってたら、ほか全部取られててコレしか残ってなかったから…」

「え〜?けっこう人気があるって聞いたよ?」

「ああ、女子枠は完全埋まるんスけど男子は全然。」

「米田くんは他に行きたい職場があったの?」

「ほんとは弁当屋が良かったっス…」

「お弁当屋さんも立ちっぱなしで疲れるんじゃない?」

「いや。事務所でテレビ見ながら値段貼るだけらしいス。それに…」

「それに?」

「…好きな弁当、2つ食っていいらしいんス。」

そう言って、ちょっと可愛い顔をした。


3時になって、みんなが起き始めると、米田くんの周りには再びお子さまたちが群がった。

最初に「ボクの」と態度で示したコウタくんは、米田くんが見ててくれなければオムツを替えないと頑張り、オムツ替えスペースに米田くんを連れ込むことに成功した。

米田くんに見守られて、なぜか得意げにひっくり返って布オムツを交換してもらうコウタくん。

米田くんは、もう普通に優しそうな顔で、

「へえ〜。こんなの着けてんスか。」

と興味深げに見ている。


「やってみる?」

と聞くと、それはさすがに、

「いいっス。ムリッス。」

と断った。


そうして1日目が終わり、2日目、3日目と米田くんはどんどん満更でもないという表情になっていき、最終日の3日目にはコウタくんにせがまれて、一緒に小さなお子さま用のすべり台を何度も滑っていた。


ただの一度も自分からお子さまに誘いかけなかったのに、すっかり人気者になってしまった米田くん。最後に、

「ありがとう、すっごく助かったよ。大変だったでしょ」

と言うと、

「ああ。はい…大丈夫ス…」

と返してくれた。


将来は絶対いいパパになるよ!と余計なひと言をつい言ってしまったら、眉をしかめて、とても迷惑そうな顔をしたのだった。


※これはあくまで私の体験談をベースとした話です。保育方法をはじめとする諸々は保育園によって千差万別です。