進級した中学生の息子が、今度の理科の授業はつまらないと言う。
30代独身の男性教師から、40代とおぼしき既婚の女性教師に代わったのだった。
確かに去年参観に行った時の理科の授業は、これが無料で受けられるの?と思うくらいエンターテイメント性に富み、なおかつ試験や日々の課題の添削には惜しみない時間をかけてくださっていることがよくわかる内容だった。
裏を返せば、間違いなく自宅に持ち帰って仕事をしていた量であり、定められた稼働時間では到底終わらないであろう充実ぶりだったのである。
テスト内容はかなり難しい上、採点は大変厳しいと評判だったにも関わらず、息子は理科がとても面白いといつも言っていた。
だから親としては大変ありがたかったのだった。
ただ、大変ありがたかったと思う一方で、比べられる既婚で40代の女性教師はいささか気の毒だなと、体力ダダ下がりの50代になった今は思う。
そしてまた、いずれにせよタマちゃんよりつまらないなんてことは決してない。だから贅沢を言うんじゃないよ…と思うのだった。
マルイ タマコ先生。
通称タマちゃんは、通っていた女子校の理科の先生だった。
小柄で、カリメロのような髪型をしていた先生は、化粧っ気はまるでないけれど肌はツルツルとしており、その名のとおり、丸いゆで卵のような印象の人だった。
奇しくも当時40代の既婚女性だったはずである。
この先生の授業のつまらなさは壮絶で、私にとって50分間はひたすら修行の時間だった。
怖い先生は嫌だけれど、緊張することもあってか、そうした先生の授業時間が過ぎるのは意外と早い。
が、タマちゃんはこれっぽっちも怖くなく、そして声がとてつもなく小さかった。
「先生、聞こえませ〜ん!」
と誰かが言うと、それに対してタマちゃんは何か言葉を発するのだが、それも聞こえない。
教壇に立つタマちゃんは、とにかく口が動いていて、何かを淡々と、抑揚を一切つけず、お経のようにひたすら喋っていた。
一番前に座っている子に聞いても、あまりよく聞こえないけれど大体はただ教科書を読んでいるとのことだった。
理科は退屈で絶望的につまらないモノだという決定的な思いがこの時にうっかり培われた。
ただしタマちゃんのことは嫌いではなかった。
意地の悪い人でも怖い人でもなく、それにどうやらタマちゃん自身は理科が好きみたいだった。
後から聞いた話では、立派な生物学者さんか何かで、ミジンコだかプランクトンだか、そういった割と地味な雰囲気の生き物を研究して、その業界ではボチボチ名を知られた存在だったとか。
どういった事情で研究の場にとどまらず、よりによって教壇に立ってしまったのだろう。
四半世紀もとっくに過ぎた今になっても、あの授業を思い出すと必ず眠くなるため大変重宝している。
あそこまでではないだろうよ…と内心つぶやくのだった。