立ち上がった老ネコ。

風の強い土曜日、黄金週間の初日である。


強風にさらわれそうな洗濯物と共にベランダに転がるバアサン猫、ルナ。


幸い彼女は見た目よりもずっと重いから、洗濯バサミで吊る下げなくても飛ばされない。


彼女のこうして寝転がる姿は、幼い頃に大切にしていた汚れたヌイグルミによく似ている。


何度も洗濯され、クタクタになったその子が干されていた姿そのままだ。

いつもと少しも変わらない休日。


問題はもう1匹の重病猫の方である。


退院後、激しい嘔吐がおさまらず、食欲も一切なくなったジイサン猫、ソル。


カマクラの中でじっとうずくまり、吐く時以外は動かない。


病院にも相談してみたが、


「入院して24時間点滴をつないでも、治るとは言えない。年も15才、他にも厄介な病気をいくつか抱えていることを考えると果たして入院が良いことなのか…」


というような話だった。


最期は、我が家でできる限りのことをしよう。


ヨロヨロとしか歩けなくなった彼のトイレを、ズリズリと移動した。


場所はリビングのテレビ前。彼のおさまっているカマクラのすぐそば。


猫らしくない彼が気に入っている、最も注目を浴びることができる家の真ん中である。


淋しがり屋の彼のために、夜はリビングのソファーで寝ることにした。


そうしないと寂しさのあまり、死にそうになりながら2階に上がって来るという無茶をして、結果ますますグッタリとして、吐いてしまう。


その前の晩がそうだったからだ。


ソファーで眠れるか心配だったが、疲れていたので瞬く間に眠りに落ちた。


が、深夜。

妙な気配を感じて目が覚めた。


目が覚めるのであれば、それはソルが嘔吐する音か下痢の音のはずだった。


しかし音ではなく気配だ。何かがそばで動いている。


なんだろう。眠いのでなかなか目が開かない。


ようやく半目を開けた。


ソルがいた。


立ち上がって私を拝んでいた。


腹が減ったと訴える時のそのポーズは、衰弱した今となっては二度と見られないはずだった。


後ろ脚で立つ体力など残っているわけがない。


訳が分からなかった。


しかし一向に止める気配がないため、日中にニオイを嗅いだきりで食べることができなかった超高級缶詰を出したところ、ムシャムシャと食べ始めた。


もう何を食べさせても良いです(そういう段階ではないので)と動物病院で言われ、本当なら持病のために生涯食べることができなかったはずの市販の缶詰を試したのだった。


食べられなかったことが心残りだったのだろうか。


4分の1くらい食べるとヨボヨボとカマクラに戻って行った。


夢でも見たかな。そう思った。


しかし早朝。


またアピールするような気配。


夢ではなかった。


超高級缶詰がまだ残っているだろう、よこせ、とまたもや立ち上がって拝んでいる。


他のものは一切食べない。近づけてもそっぽを向く。


いいからアレをよこせと拝んでくる。


結局すべて平らげてしまった。


その後もストーカーのように付きまとわれた。


それで、小さいのに税込み1缶400円超えの、超高級缶詰を買い足しに行った。


戻ると玄関で待っていた。また立ち上がって拝まれた。


バクバク食べた。他のものは一切食べない。この缶詰だけならば1日に2.2缶あげましょうと缶詰の横に記載されている。


2.2缶、食べてしまいそうな勢いでがっついている。


ところで、ここのところソルの出費が激しかったこともあり、本日の我が家のメインディッシュは激安一切れ98円の鮭の切り身である。


ムスコは物足りなさそうにしていた。


しかし私がごく最近知った、もっと早く知っていれば良かったと後悔したことベスト1に燦然と輝く事実を、ここぞとばかり教えてやった。


「鮭の皮って食べられるんだよ。すごく美味しいんだよ。」


ムスコは驚いていたが、主菜が他になかったこともありおずおずと口にした。


そして、


「本当だ!おかあさん、美味しいよ!鮭の皮、最高にうまいよ!」


と大変喜び、それは幸せそうに食べていたのだった。


そこにまたソルが来て、アレをよこせと立ち上がる。


アレを切らしたら俺もうダメだから、と訴えている。


持病持ちの彼は、このような市販の缶詰を食べたら確実にひどい下痢に襲われるはずなのだ。


幸い、まだそこまでのひどい下痢状態には至っていない。


しかしたとえ下痢にならなくとも、こんな缶詰をあげ続けるような経済力は勿論ない。


一体どうしたら良いのか。


今後のライフプランを教えてもらいたい。


とりあえず黄金週間2日目の明日は、人間にはモヤシを炒めようと思っている。