祖母の暑い日のイチオシ。

今週のお題「ベストアイス2023」


お題が求めている記事の内容からは外れてしまうが、ふと思い出したのだった。


中学生の頃、居間でアイスを食べていたら祖母が入ってきた。


何やら言い出しにくそうな、恥ずかしそうな表情を浮かべている。


「…あんたは知ってるかねえ。…この前の老人会の旅行で…。知らないと思うけどねえ…やっぱり知らないかな…。ううん、なんでもないんだよ、なんでもない。」


とても歯切れが悪い。


「なになに、おばあちゃん、なんなの?」


「うん…まあね。実はね、なんだかわからないんだけどさ…何やら夢のような食べ物を食べたんだよ。ちょっと足が痛いからバスから降りないで、みやげ屋さんからみんなが戻ってくるのをバスで待ってたの。そしたらバスガイドさんが持ってきてくれたんだよ。それがなんだかわからなくて。あんたなら若いから知ってるかなって。…でも、やっぱりいいよ、そんなこと。なんでもないよ。」


「え?どんなもの?」


「うーん…なんだか、すごいものなんだよ。冷たくって、こうフワフワッとしていてね、雪のように白くて、口の中に入れると夢を見ているみたいな美味しさで、スッと溶けていくんだよ。」


「なぁんだ、おばあちゃん。それはソフトクリームだよ。食べたことあるじゃん。」


「ううん、違う。あれはソフトクリームじゃない。なんていうのか、もっとトロトロとしていて…」


と、ものすごく真剣な顔で説明してくれるのだが、それが何なのかサッパリわからなかった。


母に聞いてみた。


すると母は、観光地に行ったのだから、そこでしか売ってない何かじゃないかと推理した。


なるほど、その可能性は大きいね、それじゃわかるわけないか…と、そこでその話は終わったのだった。


しかしそれからも暑い季節になると、祖母はあの時食べた夢のように美味しい何かを思い出してはウットリとした表情を浮かべた。


その表情を見ると、家族は家族で長年解けないその答えをアレコレと考えるのだが、結局わからずじまいだった。


正解がわかったのは、大学生になって初めて帰省した夏休みだった。


地元の駅前に新しくできたマクドナルドに寄って、家に帰った。


リビングで母と話していると祖母がやってきた。


テーブルに置いた紙袋を凝視している。


不思議に思いつつ、テーブルに中身を出した。


暑い日の定番のコーラを買うはずが、その日はたまたま気分でマックシェイクを買っていた。


その紙コップをじっと見つめている。


「おばあちゃん。これ飲んでみない?美味しいよ」


ほとんど確信に近い予感をもって聞いてみる。


しかし、いつもどおり、


「私なんか。そんな、もったいない。」


と首を振る。


しかし視線はマックシェイクに釘付けだ。


そのうち遠慮がちに、


「…そお?それならコレに、ほんのちょっぽりだけよそってみてくれる?」


と、小さなスプーンを差し出してきた。


食器棚からガラスの器を出して、少し入れて渡した。


それを大切そうに受け取って、しげしげと眺め、それからそぉっと口に運んだ。


祖母の顔がとても可愛い少女の顔になった。


マックシェイクだったかー!!


以来、私たち家族は折りにふれてマックシェイクを買って帰るようになった。


高くないから気にしなくて大丈夫だと何度言っても耳を貸してくれない。


「わたしなんかにはもったいない」


なかば強引に押し付けると、少し食べては冷蔵庫にしまい、また出す。


それを何度も何度も繰り返しながら、もはや液体になったそれを、1日かけて大切そうにチョビチョビとスプーンで口に運んでいた。


2023年でも、アイスでもないけれど番外編ということで。


20年以上前に亡くなった祖母の"暑い夏の日のイチオシ"、それはもうマックシェイクに違いないのだった。