夏休み最後の日

夏休み最後の日、家の中は朝から静まり返っていた。


緊迫感が、台所で朝食を作る私のところにも伝わってくる。


息子がようやく夏休みの宿題にとりかかったようだ。


明日、持っていかなければならない喫緊の課題は3つ。


理科の自由研究。家庭科の調理レポート。英作文。


国語と数学は明日の授業がないらしく、漢字書き取りや数学の演習問題などは後回しである。


朝食を食べ終わると、


「じゃ、おかーさんは家庭科ね。オレはまず理科の自由研究をやっつけるから。終わったらお互いヘルプってことで。」


と、いきなり割り振られた。


これ以上巻き込まれるのは絶対にごめんだった。


先週はさんざん巻き込まれたのだ。


「ちょっと心配になってお電話しちゃったんですが、ピアノはどうでしょう?間に合いそうでしょうか」


と、担任教師から心配そうな声で電話があったのは確か先週の初めで、その直後に、今度はピアノの先生から、


「このままだと間に合わなくてどうしたら良いのか…。これはもう、お母さまにも相談させて頂いた方が良いと思って…。」


と、電話が入ったのだった。


寝耳に水の話だった。


夏休み前に、秋の校内合唱コンクールのピアノ伴奏者に決まったらしい。


ピアノの先生は他の生徒さんからそれを聞いて、慌てて息子に課題曲を弾かせてみたところ、まったく弾けなかったとのこと。


伴奏に選ばれた子は、みんなそれぞれピアノ教室に通っている。
今年、先生の教室から出るのは5人。


自分の教室の生徒にまったく弾けない子がいるというのは、今後の教室経営に悪影響を及ぼしかねない由々しき事態だ。先生の焦りが伝わってくる。


息子の自己責任だと突き放したいところだが、私に電話がかかってきてしまった以上はそうもいかなくなってしまった。保護者はつらいよ。


結局、夏休みの後半は毎日ピアノ教室に通わせて、家でも特訓するはめになった。


それに比べたら宿題なんてどうでもいい。


去年の夏休み最後の日には、スルメイカの解剖をした。


去年だってどうでも良かったのに、このまま勝手にやられるとスルメイカが食べられなくなるという危機感から、ついつい手伝ってしまった。


今年はもう、家を出るしかない。


そうして夏休み最後の日。朝食を食べてから急遽一人、外出することにした。


ゆっくり買い物をし、夕方まで図書館で暇をつぶした。


帰宅すると、台所は息子の部屋のような状態になっていた。


散乱している内容から、おそらく冷蔵庫のストックゆで卵をつぶして、ハムと一緒にパンにはさんでハム卵サンドを作ったようだった。


ハム卵サンドで調理レポートが書けるのだろうか、そしてそれは宿題の趣旨にかなっているのだろうか。


重曹クエン酸が、袋の口が開いた状態で戸棚から出ている。こちらは自由研究か。


聞いてみると、クエン酸重曹を混ぜたらサイダーになるのかを研究した。クサくて飲めない、という研究結果が出た。そう言った。


自由な研究だから、先生は受け取ってくれるだろうか。


英作文は学校でやることにしたらしい。


英語の授業は4時間目だからイケる気がする、絶対にあきらめない。


うっかり褒めてしまいそうなセリフを残して、学校に向かった。


ともあれ。


今年も夏休みが終わった。


来年は受験生の夏だけれど、今はただ、夏休みが終わったことを喜びたい。