私には、小さな頃に一緒に暮らしていた甥っ子と姪っ子がいる。
もはや社会人。あの小さかった2人がよくもまぁ育ったものだと感慨深い。
人として最も激変するであろう学生時代、コロナ禍だったため遠方で学生生活を送る彼らにはほとんど会えなかった。
だから私にとって彼らは、一緒に暮らしていた日々のままの姿であり、ある日突然大人になってしまっていた…そんな感じだ。
そんな彼らが、あるサイトで小説を書いているという。
一緒に暮らしていた頃、帰宅すると必ず玄関まで走って来てくれた。大人の中で私のことが一番好きだと言ってくれた。目に入れてもきっと痛くなかった。
そんな彼らの作品だ。そんなのどうしたって読んでみたいじゃないか。
しかし、話の流れでたまたま2人が小説を書いていることを教えてくれた姉は、彼らのハンドルネームをなかなか教えてくれない。
なんでそんなに渋るのか。…ああそうか、教えてもらっていないのか。まあそうだよね。身内に読まれるのって確かに照れるし嫌だよね…。あー、でも読みたい。
そう思っていたら、なんと姉は知っていた。本人の許可が下りないから教えられないのだという。
では、せめてどんな話なのか、読んだ感想を聞かせて欲しいと頼む。ところが姉は、書いているのは知っているし、サイトを見たことはあるものの読んだことはないという。
世界には星の数ほど面白い本があるのだから、敢えて彼らのごときシロウトが書くものを読む理由などひとつもない、そう言い放った。
なんてドライ。子供が社会人にもなると、こんなにカラカラに干からびた間柄になるのだろうか。
姉がカラカラな乾燥体質で生まれた分、私は吸湿素材のようなポタポタ気質。
あの小さかった、可愛かった2人がネットで小説を書いているなんて!もうそれだけでオバチャン泣きそう!いや既に泣いているよ!!
ーやっぱり何としても読みたい。
もう一度頼んでみて!と懇願した。すると、姪っ子からは意外にあっさりOKをもらえたからとハンドルネームを教えてくれた。
ウキウキしながら教えてもらったサイトにたどり着き、検索する。
すると、それらしきものを発見。
…え〜と、なになに?ジャンルが異世界…で、物語で…、ふんふん、どうやらコレだね!
ワクワクしながら読み始めた。
筋書きは、お城に閉じ込められたお姫様が、偶然森に迷い込んだ若者に助けられて一緒に旅に出るという、どこかで聞いたことのあるストーリーがいくつか合体したような、していないような、でもとっても可愛らしい物語。
もう!!可愛いじゃないか!!ああ、可愛いあの子らしい。読者登録しなくては。読者はいないみたいだから私が最初の読者だね。もう何回でも読めるよオバチャン。ああ、なんて可愛いストーリーなんでしょう!!広く国民はこの話を読んで心を洗うべし!大満足!!
久しぶりに叔母バカを100%出し切り、とても元気になった私は、そうなると断然、甥っ子の方も読みたくてたまらなくなった。
あの子はどんなお話を書いているのだろうか。あの、喋るのが遅かった子がねえ…。
そうして姉にしつこくおねだりをするが、今度はなかなかGOサインが出ない。
何を渋るのか、ケチを言うな…と若干キレ気味に頼み込む。すると姉が、
「あの子の方は読者が数千人はいるんだけどね〜。でもわざわざ見なくていいよ。」
読者が数千人!?すごいじゃん!それは見たいよ、どうしても見たいよ!お姉ちゃん、お願い!!
粘り強く交渉を重ねた結果、とうとう「本人には内緒だよ」と、こっそり教えてもらうことに成功。
早速探し出した。
これだ!!なになに……?……ん?ちょっと意味わかんない。
もう一回タイトルをゆっくり読む。
…?
ゆっくり読んだのに意味がわからない。というか頭に入ってこない。
…とりあえず中身を読んでみよう。
そうして、タイトルの下にR18と四角く囲まれたマークが入っていたけれど、その意味も頭に入ってくることはなく、特に気にしないで、どれどれと読み始めた。
ふんふん、可愛い女の子2人が登場人物なんだね。女子高生か。1人の女の子の部屋にもう1人の女の子が遊びに来て、ふんふん、それから?
…。
その後の文章が目に入ってきた途端に、発作的にピッとスマホを消し、消した途端にスマホを落としてしまった。
これは…。
これは、もしかして、もしかしたら……
……BLの反対はなんていうのでしょうか。
その先はとても読む勇気がなかった。
勇気もなかったし、頭は混乱を極め、
「ああ、えらいこっちゃ!子どもがこんなモノ読むなんて。姉に知らせなければ…。ああ、でもコレ、本人が書いてるのか。それじゃ読ませないわけにもいかないし…ああ、一体どうすれば…」
「パニック」って、こんな時に使うんだな…。
そんなことを考えながら、部屋の中をオロオロする。
そうしているうちに少しだけ冷静になってきた。
そうだよ、考えてみればBLがこんなに人気なのだから、その反対も当然コアなファンがいてもおかしくないだろう。そしてBLの書き手が主に女性ならば、その反対の世界は当然男性が書くのかもしれない…。
彼はとっくに成人しているのだ。もうあの可愛かった幼稚園児ではないのだ。
…大丈夫。大丈夫だ。なんとか気持ちが落ち着いたところで、姉に連絡した。
「読んだよ。…ちょっとビックリしたよ。うん。ちょっとね。」
それだけ言うのが精一杯だった。でも最後に、
「ちょっと…甥っ子の方は、趣味に合わないからもう読まなくてもいいかな。…うん。あ!でも姪っ子の方は早速読者になったよ!」
と伝えた。すると、
「え?なんで甥っ子のは趣味に合わないのに、姪っ子の方は読者になったの?…ああ、そっちのハンドルネームを教えてたか。ごめんごめん、それ、ものすごく昔のやつだ。今は別のハンドルネームで相当マニアックなやつ書いてるみたいよ。ちょっと一般向けじゃないっていうか、描写がさ…。あ、今ハンドルネーム確認するからちょっと待って…」
…お姉ちゃん、わかった。もうわかったから。ハンドルネームは確認しなくて大丈夫。ありがとうね……。
そっとスマホを置き、そばで寝ていた猫を抱きしめた。