息子の頭痛を治してもらった話

中学2年生の息子は、夏休みが明けた頃から「頭が痛い」と言って布団から出られない日が増えた。


様子を見ていると、症状を訴えるのは主に月曜日の朝。もしくは前日の夜、遅く寝た日。土日に訴えたことは一度もない。


気候は関係ない様子のため気象病ではなさそうだし、前述のとおりなので起立性障害というわけでもなさそうである。


ということで、気持ちの問題であること、もともと朝がとてつもなく苦手なのに、塾のせいで生活リズムが夜にずれて、遅い時間にダラダラする癖がついてしまったこと。そのあたりに問題があることは明らかだった。


ただ、そうわかったところで、こちらの真っ当くさい理屈を大人しく聞いて、


「あー、なるほどね!考えてみたらそのとおりだよ。良いアドバイスをありがとう!母さん、俺、そこから気をつけなくっちゃね!」


などと答えてくれるような、そんな人物が思春期にいるのならば是非とも我が家の養子になってもらいたい。


むしろこの場合、この事態を、私の大切な前歯の差し歯が取れてしまうような過激な展開に発展させることなく収められるか、そこが肝心である。


去年までの、布団から引きずり下ろせるサイズではないのだ。


そこで私は考えた末、少し汚いかもしれないが脅すことにした。


「そんなに頭が痛いなら、脳の異常が考えられる。これは一度、脳神経外科に行きMRIを撮ってもらうのが良いだろう。」


そう提案した。


脳神経外科」とか「MRI」といった、中学生にとって聞き慣れないだけにメッチャ怖そうなイメージであろう言葉をチョイチョイ入れ込み、そんな怖ろしいところに行って何かをされるくらいなら学校に行った方がなんぼかマシ…そう思わせようという作戦だった。


この作戦は、2回ほど効き目があった。遅刻しながらも渋々行かせることに成功した。


ヨシヨシ、その調子…とほくそ笑んでいた。


ところが先日。起こしに行くとまた、頭が痛いから休むと言う。そこでいつも通り、


「よし!じゃ、今日こそ休んで"脳神経外科"に行って"MRI"を撮ってもらおう!」


そう言うと、しばし沈黙した後、


「いいよ。撮りに行こう。」


と返事をする。


敵もさるもの、どうやらスマホで検索して、MRIは痛くないこと、そもそもこの状況では脳神経外科をすぐに受診することはないだろうことを調べたのではないか…表情に余裕があり過ぎる。やられた!スマホめ!!


ここで怯んだら思うツボだ。


部屋から出ると一心不乱に検索した。その結果、奇跡的に私の望みを120%叶えてくれそうな病院にたどりつくことができた。


個人病院だが、たまたまキャンセルが出たため30分以内に来れるなら、MRIもすぐに撮ってくれるという。


まだ他人様には到底お見せできない状態の私と起き抜けの息子。移動時間を考えると最低でも10分後には出発しなければならない。できるのか。いや、やらねば。とっとと撮ってもらって、異常がないことを本人に突きつけてもらって、そうして遅刻して行かせよう。


猛然と支度した。息子にとって、この展開は予想外もいいところだったが、自分が言った手前「病院に行って診察をしてもらいたい」という前向きな態度を取るしかない。もたもたと支度を始めた。


病院に滑り込み、軽く問診を受けた。この時点で既に、すべてわかってますよ…という雰囲気のベテランの看護師さんと、おじいちゃん先生。2人の様子に、この勝負もらった!と早くも内心、ガッツポーズをしたい気持ちになった。


MRIを撮ってもらう。30分ほど待つと名前を呼ばれた。


診察室に入る。


おじいちゃん先生が息子に話しかける。


MRIどうだった?うるさかっただろ?」


「…。はぁ。」


「なんか、動いちゃいけないし大変だろ?こうしたら良いとか、アイデアないかな?」


「…。特に。」


一語話すごとに課金されるとでも思っているかのような話しぶり。だが先生はそんな反応は想定内とばかりに気にも留めない。


そうして、画像を次から次へと見せてくれた。


「これが、きみの脳みそ。いやー立派だね!詰まってるよ!うん、たっぷり詰まってるねー。もう、ピッチピチ!」


そう言いながら、クルクルと画面を切り替える。切り替えては、


「ああ、こっちも良いね!この下垂体もすばらしい。最高!異常がなさ過ぎる!」


と、惜しみない拍手と止まらない大絶賛。息子とは反対に、一語話すごとに寿命が延びると思っているのでは。脳の画像でここまでボキャブラリー豊かに人を褒められるなんて。


息子は、よくわからないが何だかとても気持ちが良い。そんな顔つきになっている。


「はい、もう完璧!おめでとう!これ、記念に印刷してあげるよ。すごくキレイな脳みそだからね。あれ?ところで今何時?11時前?も、ぜ〜んぜん、異常なかったから、学校、今から行っといで。いいね!?


と、畳み掛けられた息子。最後の「いいね!?」だけ、先生はそれまで隠し持っていた"凄み"をいきなり利かせてきた。先生の突然の変貌に、息子は


「はい。行きます。」


と、素直に答えた。


そうして無事に登校し、その日から一度も頭痛は起きなくなった。


多分、頭は本当に痛かったのだろう。私だって(ものすごく昔だけど)思春期経験者だ。学校なんて、だいっきらいだった。そりゃ、学校なんて行きたくないよね…と、内心では深く共感している。その頃の気持ちをたまには思い出して、子供が頑張っていることも忘れないようにしなければな。顔見ると忘れるのはなんでだろう。


逼迫している医療費をこんな用途で使ってすみません!!と、通院されている患者さんたちと帰りがけにすれ違いながら思ったけれど、こんなに効果があるなんて本当にありがたく、ひとまず先生方とMRIには感謝感謝なのだった。