老猫、ソル。
目下、我が家で余生を送っている。
彼が実家の飼い猫になったのは15年前。その頃、実家の祖父はまだ健在だった。
祖父が他界するまでの約1年、同じ屋根の下で共に暮らしていた。
その7年前に話し相手の祖母を亡くしてから、祖父の日常は判で押したようだった。
仏壇の置かれた2階の和室で1人、孫のお下がりのスーパーファミコンで将棋ゲームをする。穏やかで淡々とした日々。
残りの日々をそんな風に消化している老人と子猫。
ちょうど良い取り合わせに思えたが、残念ながら祖父はネコが大嫌いだった。
だから仏壇のあるその部屋は、"ネコ入るべからず"。
それ以外の場所でもうっかり出くわせばシッシッと追い払われた。
そのうち寝たきりになり、一日中その部屋で過ごすようになっても、やっぱりネコは出入り禁止だった。
襖の陰にソルの姿を察すれば、上半身を起こして追い払おうとした。
が、そんな攻防も長くは続かなかった。ソルが来て1年後に祖父は亡くなった。
祖父の姿が見えなくなっても、しばらくの間、ソルは和室に入ろうとはしなかった。
しかしそのうち、仏壇に朝晩のお供えをする母の後にくっついて、最初はそうっと、次第に「これはお勤めであります」とでも言いたげな得意顔で入っていくようになった。
母は毎朝晩、仏様にお供えをした後、ソルにゴハンをやっていた。
お供えの次はゴハン。
お腹が空くとスクッと立ち上がって手を合わせる得意の所作は、この時身につけた。
結果として、毎朝晩欠かすことなく、仏壇に手を合わせる母の後ろで、母が立ち上がるまで仏壇(の前で手を合わせる母)に手を合わせ続けた。
ご先祖様の側からは、さぞかし信心深いネコに見えていたことだろう。
それから13年後、厄介な疾病にかかり再び我が家のネコとなった。
いよいよ11月に入り、我が家に来てから丸2年が経とうとしている。
この2年の間も、ひっきりなしに次々と新しい病気にかかった。
ついに、どんなに頑張ってもあと1ヶ月は生きられないと病院で宣告されたのが7月の初め。
その日からもうすぐ4ヶ月が経とうとしている。
寒くなってきて、前の冬に使っていたカマクラを引っ張り出した。
出番がまた来たよ。
そう言って去年と同じ場所に置くと、早速もぐり込んだ。
相変わらず毎晩吐く。糞便は家の各地で日に十数回。薬を朝晩4錠ずつ服用している。ウソみたいに軽い。
そんな状態なのに、ヤサグレた様子は一切ない。つらそうな顔もしない。むしろ幸せそうにしてくれている。
奇跡的に穏やかなこの日々は、十数年欠かすことなく、毎日仏様(の前に座る母)に手を合わせていたからかもしれない。
少し前にYouTubeデビューしたけれど、今はもっぱら視聴者側だ。
興味半分で見せた、ネコジャラシやヒモが画面を縦横無尽に動き回る動画がとても気に入り、飽きることなく画面に猫パンチを繰り出している。
暖かな秋の日差しを背に受けて、画面で遊ぶ姿は、亡き祖父が将棋ゲームをしていた姿と少し重なる。
そう言ったらネコ嫌いな祖父は怒るかもしれない。
けれど、ひょっとしたら仏壇の中から見ていたかもしれない。
こんなに心がけの良いネコだったか、邪険にしないでもっと可愛がってやれば良かった…と、勘違いしているかもしれない。
そんなに遠いことではないだろう2人の再会の暁には、どうか勘違いしたまま優しく迎えてくれますように。
しばらく一緒にいれば、小心者でチャッカリしたところがあるけれど、気立ての良い可愛いヤツだと気づくはず。
おじいちゃん、この子がそっちに行ったら頼むよ。
そんなことを夢想する飼い主の横で、じいさんネコは今日もグースカと寝ている。