先生を励ましたかった私。

友だちからもらってきた風邪を息子が律儀に分けてきた。


3日前から2人でダミ声だ。


敵は喉を集中していじめたいタイプらしく、この親子の喉を滅多刺しにしてやれ、と思っている。


とっくに降参しているのに許してくれず、うがい薬で必死の抵抗を試みている。


喋ると喉が痛い。けれど学校に欠席の連絡をしなければ。


昨年までは入力送信するシステムだったのが、なぜか電話に戻っている。


かけなれない中学校の電話番号をググり、電話をする。


本日、欠席連絡3日目の朝である。


一昨日、昨日と教頭先生が2回連続で出てくださった。


呑気な雰囲気で「はいは〜い、お大事にしてね」と、中性的にな受け答えをして頂いて、戦いに疲れた心が少し癒された。


今日もおそらく教頭が電話に出てくれるだろう。


そう思って待っていたところ、電話に出てくださったのはタムラ先生であった。


タムラ先生は息子の隣のクラスを受け持っている2年目の体育教師で、若い女の先生である。


先日、PTAのお手伝いで学校に行った時、ちょうどタムラ先生の授業を受けるため校庭に向かう男子の集団と、下駄箱の前で出くわした。


皆、口々に


「あー、体育うぜ。タムラ、マジ超最悪、マジだりい。もう勘弁して。なんなのアレ。」


などと、あどけない面影をたっぷりと残した顔でひどいことを言っている。この子たちには見覚えがある。息子の友だちだ。


「タムラはマジで、どこにセンスを置いてきちゃったんだよ。あのダンスは一体なんなんだよもう!」


そう言えば、中学2年生の体育の単元は確か「ダンス」で、息子も先日オクラホマダンスをやらされて、背が低いので女役にされたことを大変根に持っていた。


その日はどうやら創作ダンスの授業らしく、まずは先生が考えたお手本の踊りをみんなで踊るらしい。移動しているのは男子だけ。女子は体育館で別メニューなのだろうか、姿が見えない。


せっかくだからそのダンス、是非見たい。


PTA室の窓から校庭の様子を窺っていると、やがて授業が始まった。


風向きが味方して、2階なのに時々声が聞こえてくる。


先生が、前に立って何やら指示を出している。


それから1人、みんなの前で踊り出した。みんなはそれをただ見つめている。


「ちょっと!!ほら〜、私だけにやらせないでよ!こっちだって恥ずかしいんだからね!」


「恥ずかしいならもうちょっと恥ずかしくないダンスにしてよ」


「そもそもコレ考えたの先生だし」


言い合いが続き、みんなまったく踊らない。


(コラコラ君たち、これは授業だ。さっさと踊りたまえ…)


内心そう思いながら若くて元気いっぱいな先生が繰り出す踊りに注目する。


確かに先生が考えたそのダンスは、誰かアドバイスをしてくれる同僚はいなかったのだろうかという振り付けであった。


時折、◯◯ジャー!的な決めポーズが挟み込まれたかと思ったら、次はジャンボリミッキーにしか見えない振り付け。


コレを反抗期真っ只中の中2男子に全力で踊ってもらえる2年目の教師がいたら、それはもう踊りの神だろう。


逆に保育園であれば、この振り付けは大喜びかもしれないな…と、つい遠い目をしてしまった。


わかるよ先生。今、みんなの前でたった1人で踊っている先生の気持ちが、私には痛い程よくわかる…。


このダンスが中2男子に受け入れてもらえないように、2歳の男の子たちはキューピーちゃん体操を全然受け入れてくれなかった。


キューピーちゃん体操は振り付けが決まっているから、◯◯ジャー的なヤツもミッキーっぽいヤツも、勝手に入れちゃいけなかった。


発表会当日、全力で前に立って踊ったけど男子は誰もついてきてくれなかった。ステージを縦横無尽に走り回ってたっけ…。


でもあの時は女子がいた。ココちゃんもヒロナちゃんも、燃える目で私を見つめ、すぐそばで全力で踊ってくれた。


あまつさえ走り回る男子どもに、


「リョウタくん、ソウちゃん、はしらないよ!」


などと真剣に怒ってくれた。


私も今すぐ先生の隣に駆けつけて、そのキテレツな振り付けを全力で一緒に踊ってあげたい。心からそう思った。


しかしそんなことが息子の耳に入ったら、卒業まで確実に口を聞いてもらえなくなってしまうだろう。


(先生、頑張って!ここに味方がいますよ!)


心でエールを送ったのだった。


だから先生が電話に出た時、


「先生、大変だけどとにかく頑張って!」


と伝えたかったけれど、朝一番にとった電話でいきなりダミ声の保護者に励まされたら困惑するだろうと、なんとか思いとどまったのだった。