「どこの高校に入りたいのか、そろそろお子さんと時間を作って話をしてみてください。」
昨日、塾の面談でそう言われたので、早速聞いてみることにした。
「どこの高校に入りたいの?」
「お母さんはオレにどこの高校に入って欲しいの?」
質問し返された。
(…それはまあ、遠いとお弁当作るのに早起きしなくちゃいけないから近くて、電車代がかからないから自転車通学で、私立よりも安い国立大学に入って欲しいから偏差値がそれなりに高い高校が良いな…)
そう考えて、言った。
「近い方が通うの絶対楽だし、お母さんも安心!自転車は時間を気にしなくて良いからいいよね。あと、頭の良い高校ってやっぱり憧れちゃうかなあ。」
ふーん…と言って、さらに質問してくる。
「お母さんは、高校の時の通学、どうだったの?」
久しぶりの会話に加え、自分のことを聞かれた私は、え?お母さんに興味があるの!?と、舞い上がり、
ーヨシ、ここはしっかり思い出して、役に立つようなお返事をしよう。
そう思って30年以上前の遠い記憶をたぐり寄せたのだった。
7時55分に母に叩き起こされ、8時に布団から這い上がる。身支度を整えながら朝ごはんにかぶりつく。
当時8時15分スタートだったNHKの連続テレビ小説の、オープニング曲が流れ始めてしまったらアウト。曲の前なら可能性は、ある。
ヘルメットをかぶり自転車にまたがる。
「発進!」
エンジンを搭載しているかのような勢いで、地面を思い切り蹴って家を飛び出す。
やがて見えてくる仲間たちの姿。もはやレース。挨拶をする余裕はない。皆、必死の形相で自転車を漕いでいる。二つ目の信号に差し掛かる前にトップに出られれば勝機はある。
今更ながら、あの当時、登校中にすれ違った全てのドライバーの皆様に謝りたい。そして、私たちを轢かないでくれて本当にありがとうと伝えたい。そういう運転。
右手を正門にかけ、今にも閉めようとしている先生の姿が見えてくる。間に合うか。間に合え。神様お願い!
キキーッとブレーキをかけながら、バイクさながら体を斜めにして急カーブ。なんとか8時30分ギリギリに門の中に滑り込む。
そのまま、頬を真っ赤にして自転車置き場から下駄箱に向かってダッシュ。階段を2段抜かしで駆け上がる。陸上部の面々が、鮮やかな脚力であっという間に見えなくなる。
階段を上り切ると、教室のドアの前に先生が立っている。ああ。
「おまえら毎日、いいかげんにしろよ」
かわしきれずに出席簿の角でコーンと頭を叩かれる。あまりの痛さにうずくまる。
良い音が鳴った頭はジンジンするけれど、なんとか遅刻は見逃してもらえた。今日もセーフ!
…というのが、地方の女子校に通う私の、高校時代の最もスタンダードな1日の始まりだった。
朝から全力を尽くしていたため、早弁は、あり。全然あり。
2時間目の終わりには早くも空腹に耐えられず、1番後ろの子と席を交換してもらい、教科書を立てて口の中に詰め込んだ。
そんな、ガサツで食い意地の張った女子高生だった私には、ひそかに憧れているクラスメートがいた。
その子が友だちと交わしていた会話を今でも覚えている。
「朝から食欲なんてある?コーヒーが精一杯だよ。」
ーコーヒーって、高校生も飲んでいいんだ…。
私とあの子はクラスメートだったけれど、他の星に住む女子高生くらいに違った。大人びた彼女と私にはそのくらい距離があった。
彼女は今、どうしているだろう…
そんなことをつらつらと思い出した。参考になりそうなエピソードがひとつもないことに愕然としつつ、
「お母さんは、普通に自転車通学だったよ。」
とだけ答えた。
それにしても高校生って恐ろしい。あれから四半世紀もとうに過ぎた今、もしも同じ道のりを自転車で走ったら30分あっても全然足りない。
憧れのクラスメートは、卒業後に女優になって数年間活動していた。名前を検索すると、今でも古い映画が1本出てくる。