もしも私と同じくらい庶民で、似たような金銭感覚を持つ友人たちに我が家の家計を赤裸々に打ち明けたら、きっと全員、その場で石化してしまうだろう。
2匹の老猫と暮らすために、我が家が月々いくら支出しているか。
ショックでお茶をこぼしてしまう子が続出するだろうから「申し訳ないけどカップを置いて、落ち着いて聞いて欲しいのだけど…」という枕詞は絶対に必要だし、そうして話してみたところで信じてもらえないかもしれない。
姉ならきっと、ソル(オス猫15才)が姉一家の苗字を名乗る飼い猫であったことなど完全に頭からすっとばして、なにやってんの?早く目を覚ましなよ!と言うだろう。
エミちゃんだったら、猫のくせに生意気だと、ソルとルナの頭を小突きに来るかもしれない。
金銭感覚と実際の出費とのギャップによる、心の葛藤は続く。
そうした経緯で、ウナヒコが産まれた。
ウナヒコを産んだことにしてからは、割ともう、どうでもいいと思えるようになった。
ウナヒコは、私たち夫婦の第一子である。
もうとっくに成人したウナヒコは、当然ながら昔、この家に住んでいた。
幼い頃からウナギが大好きで、ウナギばかり食べたがった。
平凡なサラリーマン世帯の我が家では、ウナギなんてめったに口に入るものではない。
それでも我々夫婦は、何とかやりくりをして、ことあるごとにウナヒコにウナギを食べさせてやった。
しかしウナヒコは、どんなに食べても決して満足しなかった。
次々に食べては、もっとないの?買ってきてよ、と当然のように言う。
働いてばかりの主人に、ほんの少しでも食べてもらおうと、切れ端を冷蔵庫の隅に隠しておいたのにそれすらなくなっている。
ふと見るとウナヒコが食べている。
「ウナヒコ、それはお父さんのためのウナギだよ。」
「そんなもん知るかよ!」
そうしてウナギ食べたさに、ウナヒコは私の財布からお金を持ち出すようになった。
それどころか、預金通帳にまで手をつけた。
「ウナヒコ!通帳をどうしたの!?あんた…あんたまさか…」
私たち夫婦の泣けなしの預金はすべて鰻重となり、あとかたもなく消えてしまった。
「ウナヒコ。おまえを勘当する。」
主人は静かにそう言った。
もう二度と戻らねえから安心しろ、という最後の捨て台詞のとおり、もはやウナギを買うお金が少しもないことがわかっている我が家にウナヒコが戻ることはないだろう。
そんな、ウナギが好き過ぎる、消息不明の性格の悪い息子がいたと思えば。
ウナヒコが朝昼晩、毎日ウナギを食べるために使ってしまった金額を考えれば。
老猫たちにかかるお金なんて、なんなら額がちっさくて笑えるわと、心に余裕が生まれてくるのだった。