保育園で。4月は試運転という話。

※これはあくまで私の体験談をベースとした話です。保育方法をはじめとする諸々は保育園によって千差万別です。

4月の初め、慣らし保育の頃の保育園は、泣き声に始まり泣き声に終わる。


ここで大泣きしてくれた方が、予後というか、その後スムーズにいくことも多いし、派手に泣いているお子さまでも、泣きながらも実は周りをチラチラと窺う余裕はあったりして、これはもう慣れるのも時間の問題だな…と感じる場合も多い。


だから泣くのは全然問題ないし、仕方がないと思っている。


思っているのだけれど、例年、泣きじゃくる0才さんを、なかば強引にパパやママから預かる(引き剥がす)自分は、ここが保育園のエントランスでなかったら人さらい以外の何者でもないよな…などということを思いながら、お部屋に拉致するのだった。


これはもう4月の、やるしかないお仕事である。


それでも例年、この新しい出会いに勝る楽しみはないし、新しいお子さまたちが入園してくれることが、離れるお子さまたちとの別れの淋しさを埋める唯一のクスリでもある。


1日も早く園に慣れ、可愛い笑顔を見せてくれるのが待ち遠しい、4月の春なのである。


そうした中、前の年に見学に来てくれたお子さまの顔は大体覚えている。


だから入園式でそのお子さまの顔を見つけると、とても嬉しく、これから一緒に過ごせるのだと思うと笑いが止まらないのだった。


ただ、笑いが止まらないのはこちらだけで、ご本人たちの顔は、まあ全般的に引き攣っている。


正直、引き攣っているところも可愛い。


気分的にはまだ先生ではないし、他人でもないので、心境的にはファン心理というのが最も近いかもしれない。


ボンレスハムのようなムチムチした太ももとか、ムニムニのほっぺたとかは他の追随を許さない、圧倒的なオーラを放つ。


一年ぶりのそうした"赤ちゃん"の登場に気持ちは浮かれまくる。


実際に保育がスタートし、大変になってくると、

「この前育てて大きくしたばっかりなのにまた元に戻っちゃったかー。」

という気分にもなったりするが、裏を返せばまた感動の一年を味わえるわけだから幸せなことである。


新入園児の保護者の方には例年、入園前に質問用紙をお配りし、記入をお願いしている。

ご回答頂いた内容は熟読し、妄想し、気づけば暗記している。


ご家庭での呼び方、好きなおもちゃ、好きな抱っこの仕方、入眠スタイル、好きな遊び、生活時間などなど、たくさんの質問にご回答頂く。


それをじっくり読むことも、これまた大切なリハビリ、というかポッカリ空いてしまった穴を埋めるのに大変有効である。


0才児クラスの担任になると、あの用紙がなければ、若干の手持ち無沙汰感のある"慣らし保育"の間、前年度に受け持ったお子さまたちの様子が気になって仕方がない。


前年度に0才児クラスを担当していたりすると、気づくとついついお隣の1才児クラスの壁に近寄り、聞き耳を立てたりする。


1才児クラスにも当然、新入園児さんが入ってきている。


例年、0才から登園しているお子さまは、生まれ月が4月からの半年間が多い一方、1才から入園するお子さまは、その後の半年間の生まれが多くなる。


そのため1才児クラスは、保育園の生活環境にすっかり慣れた、もうすぐ2才になるお子さまたちと、保育園デビューしたばかりな上に、まだ1才になって数ヶ月程度のお子さまたちの二層に別れることが多い。


あまりの差にショックを受けてしまう新入園の保護者の方も多い。
しかしここで入ってくるお子さまたちは、目の前でトイレにバシバシと向かう、排泄の自立がかなり進んでいるおともだちが、大変カッコよく排泄する姿を間近で見ることが出来るため、触発されてなのかオムツが早く外れるケースが多い気がする。


この、同じクラスにも関わらず、月齢による大きな差に対応するためには、保育士の数も大事だが、保育環境の充実の方がより重要かもしれない。


十分に広々とした見渡せるスペースに、壁面もきちんと有効活用された、豊富な種類と量の遊び道具があり、個々がそれに向かい、一定時間夢中になって没頭してくれたら、それが理想だ。


月齢によって、やりたいこと(二本指でつまみたい、手首を回したい、というような欲求から選ばれる玩具)は自ずと違ってくるので、十分なスペースがあれば、配置を工夫することである程度の棲み分けが可能となる。
それにより、体格差やスピード感の違いによる事故が防ぎやすくなる。


だが実際にはそんな恵まれた保育園はほとんど存在しないので、時間差をつけたり、間に割って入ったりして、噛みつきや押し合いなどが起きないように神経を尖らせるしかないのだった。


そんなこんなで、4月はバタバタと過ぎていく。


お子さまの寝顔はいつ見ても最高だけれど、4月の寝顔は特に貴重でありがたい。

なぜならこの時期、まとまって寝る時間自体が少ない上、生活リズムもバラバラだから、誰かがやっと寝てくれたかと思えば他の誰かが目覚める…ということの繰り返しで、まともな休憩が取れないからだ。

保育園で。0才さんの4月のお昼寝は、入りはかかるけど上がりは早いという話。 - onoesanと猫と保育となんやかんや。


それでも何とか顔を覚えてもらい、生活リズムも軌道に乗り、徐々に保育園ライフに順応して、良い感じになってきたところで、ハイ!ゴールデンウィークなのである。


連休明けは帰省などで生活時間が狂ったりして、あれ?先月に逆戻り?はじめからやり直し?なんてことはよくある。


例年そんな感じなので、4月はあくまで試運転だと思っている。


ゆっくりやろうね、とお子さまの寝顔に話しかけるのだった。

保育園で。粉ミルクなら何だっていいわけじゃない、という話。

※これはあくまで私の体験談をベースとした話です。保育方法をはじめとする諸々は保育園によって千差万別です。


乳児さんが保育園に入る時にネックになりがちなのが、完全母乳による育児。


産後数ヶ月での入園を希望する親御さんは、出産前から共働きを前提に、大きなお腹で様々な準備を進め、覚悟を決め、産後は計画的に粉ミルクを進めている人が圧倒的である。


従って完全母乳のお子さまの割合はかなり少ない。


ほとんどのお子さまが、入園の時にはどうにかこうにか粉ミルクも飲める状態でやって来てくれる。


考え方や思いがあっての完全母乳なので、決して否定はしたくないし、希望があればもちろん対応させて頂く。


しかしその場合は当然のことながら母乳を預かる必要がある。


特別な管理を必要とする上、最初のうちは、泣き声の止まないお子さまたちの保育をする合間を縫って、タイミングを考えながらその都度冷凍室に取りに行き、解凍し、温めなければならない。


もちろんそうした手間が増えたからと言って、保育士の人数を増やしてもらえるわけもなく、結果的に保育が手薄となることにつながってしまうのが、まぎれもない現実だったりする。


だから正直に言うと、やはり粉ミルクも飲めるようにしておいてもらえると大変ありがたいのだった。

(入園前までず〜っと完全母乳で、もうどうにも泣き止まないお子さま、何も口にできないお子さまには、こちらからお願いして母乳をお持ち頂くこともまれにはある。)


ただ

「粉ミルクが飲める」

と一口に言っても、

「なんでもいいってわけじゃないからね」

と、お子さまたちは多分、思っている。


もちろん、

「あー、もう用意して頂けるならなんだって。父も母も今、働いてますんで。」

と、積極的にグビグビと、喉を鳴らす勢いで飲んでくれるお子さまもたくさんいる。


「あれ?コレ、ちゃんとすり切りで計量した?濃くない?」

などと、少々眉間に皺を寄せながらも、乳首を外そうとすると、

「あ、いい、いい!このまま飲んじゃうから。次、気をつけてね」

と、哺乳瓶を両手で持って離さないお子さまもいる。


しかし中には、


昭和の時代のOLたちが、朝、職場でお茶を入れる時に

「部長は緑茶じゃなくてコーヒーね。ミルクがスプーン2杯で、砂糖は3杯、今日は朝から機嫌が悪いから5杯入れとけ、エイッ!」

などと忖度していたように。


夜、飲み屋のママたちが、客の好みを心得てウイスキーや焼酎の氷の量を

「あのお客さん、これ以上酔うと厄介だから次からは薄めにお願いね。迎えのタクシーが来たら1人で帰れる程度にね。」

などとこっそり調節するように。


そこまでいかなくとも、きめ細やかに対応して、好みに応じたものを提供しなければご立腹、あるいは、まったく飲んでくれないお子さまというのも中にはいるのだった。


赤ちゃんにだって当然「好み」がある。


ここで言う「好み」というのは、ミルクの味、温度、哺乳瓶の形状、飲む時の姿勢、それから好みではないが、アレルギーに分かれる。


味覚に敏感なら、それは大切にしたい資質だし、大好きなママのにおいに包まれて、いつもの場所でいつもの哺乳瓶…というわけにはいかない分、保育園に慣れるまではなおさら、せめてミルクの味くらい「いつもの感じ」に近づけたい。


新しい環境に不安で不安でしかたがない小さな命に、出来る限り寄り添いたい、と思っている。


熱めかぬるめか、哺乳瓶の乳首のタイプ、ミルクのメーカー、そして成分など、日々細かく様子を見る。


暑い夏でも熱めが好きなお子さまもいるし、たとえ冬でもかなりぬるくないと嫌がるお子さまもいる。


乳首の形状が、母乳実感なら飲めるけどPigeonはムリなお子さまもいれば、瓶に乳首を装着する際の締め具合を、ゆるくして一度にたくさん飲みたいタイプとキツくして思いきり吸いたいタイプもいる。


味については、「ほほえみ」はゴクゴク飲むけれど「アイクレオ」はちょっと…や、もちろんその逆など、メーカーによって飲む量が違うこともある。


アレルギーのお子さまに関しては、飲むミルクはもちろんのこと、哺乳瓶や乳首は、たとえ煮沸消毒をしても他のお子さまと混ざらないように別に用意している。


ただただミルクを作って提供すれば良いかというと意外とそうでもないのだった。


それこそ、飲むときの姿勢や哺乳瓶の角度、周囲の環境まで気をつけることで、飲む量が歴然と違ってきたりする。


そういったなか、フタバちゃんは全方位的にコダワリ派、マイスター肌の赤ちゃんだった。


温度は若干熱め、瓶は母乳実感、視界に何か入ると一瞬で気が逸れるので壁向きで。


立て気味の抱っこが好き、ミルクはアイクレオ
口に入って気に入らなければ、咥えた乳首をプッと口の端に押しやり、そのままミルクと一緒に口からペッと出す。出されたミルクは宙に放物線を描く。
乳母は必ずお部屋の先生、それ以外の先生は決して受け付けず大号泣だった。


飲んでいる時にそのまま眠ってしまうお子さまはとても多いが、乳首を外すと覚醒することもある。


フタバちゃんは、どんなに「寝た」と思っても、乳首が外れるタイミングで必ず起き、泣いた。


本当に徹底していた。


条件が完璧に整えばきっちり規定量を飲み切るというスタンスはまったくブレることがなく、まさしく赤ちゃんセンパイの鏡として我々の指導に当たってくれた。


フタバちゃんの口に合うよう皆が日々精進した結果、毎回、規定量を飲み干してくれるようになり、気づけばお部屋で最も低月齢なのにも関わらず、平均身長をはるかに上回る成長を見せてくれたのだった。


数ヶ月後には、

「これならもう十分に離乳食への完全移行で問題ないね、あーやれやれ、終わったね…」

と、一同、充実感と達成感でいっぱいになったのだった。


不思議なのはこの時、どうして誰一人として、


「この分じゃ離乳食も色々こだわりがありそうだね。」


と思わなかったのか。


当然出てくるはずの話なのに、その時点では誰も考えていなかった。


不思議と言えば不思議な話である。


おそらくヒトは誰しも自分に降りかかるかもしれない試練には楽観的に予測を立てる…という、まさにソレかもしれなかった。


そうして我々はこの後の離乳食期、では飽き足らず、幼児食期に至るまでセンパイにしごかれることになったのだった。

保育園で。年度終わりの1日。

※これはあくまで私の体験談をベースとした話です。保育方法をはじめとする諸々は保育園によって千差万別です。


3月31日の保育園は、バタついている。


幼稚園と違って春休みという猶予期間がないため、早替わりの舞台裏のように大わらわな1日となる。


勤めている保育園では、例年、最終日のお昼ご飯から次の学年のお部屋での生活をスタートさせる。


それに先んじて、職員は朝から4月以降に受け持つクラスの保育に入る。
4月配属の先生はまだいないが、この日は家庭保育に協力してくださるご家庭もあるため、例年大体ちょうど良いバランスとなる。


その他の、新入園クラスの担当になった職員や離任する職員が、裏方となってお部屋の大移動のための準備をする。


お子さまたちが外遊びに出かけるやいなや、よ〜いどん!で、ロッカーや靴箱、タオル掛けなどのお名前シールを剥がしまくり、新しいお部屋に貼りまくり、お布団に通園バッグ、タオルや着替えなどを運びまくり、まるで、最初からここにいたでしょ?と言わんばかりに、前のお部屋で馴染んだオモチャや絵本を並べ、しつらえる。


そうして外遊びからお部屋に戻る際に、新しい部屋の方にご案内し、そこから完全に新しい部屋での生活がスタートするという運びである。


できるだけ不安感を与えないように、進級が負担にならないように配慮しても、やはりどうしても新しい先生がそこにいるだけで泣いてしまうお子さまは、必ずいる。


ただしこれは0、1才さんクラスが進級する時の話で、2才さん以降のクラスの進級ともなれば、こうした問題はほとんど起こらない。


3才からは縦割り保育となるため、一人一人のお子さまに担当する年長のお兄さんお姉さんが決まっており、手取り足取り優しくお世話をしてくれる。


お子さまたちはモジモジしながらも、いつもとても嬉しそうなのだった。



だから悲壮感漂う泣き声が聞こえるのは1才さんと2才さんのお部屋からで、泣き声が聞こえてくると裏方担当の職員たちは気もそぞろとなってしまうのだった。


今回、2年受け持ったクラスを外れることになったリサ先生と私は、空いている部屋で、新入園児さんのお名前シールを作ったり、メダカや金魚を出して水槽のお掃除をしたり、書類を片付けたり…と、やることは一向になくならず、セカセカと動き回っていた。


その間も、スーちゃんとタカちゃんの甲高い泣き声だけは一向に止む気配がない。


お子様を前にしていたら感傷に浸る間もないが、我々がしているのは雑用である。


気になって仕方がない。


とは言え、しゃしゃり出てもご迷惑なだけである。


あとは新しい担任の先生たちにお任せするしかないのだった。


そう思いつつ、ついつい扉越しにのぞいたりする。


普段、泣いているお子さまと離れがたくて、なかなか出発しないパパやママたちに、


「大丈夫ですよ!いってらっしゃい!!」


などと、背中を叩きそうな勢いで声をかけているのに、情けなくもこの始末である。


お互いに苦笑しつつ作業をしていると、扉がスッと開いた。


入ってきたのは、新しい先生に抱っこされたスーちゃんとタカちゃん。


「すみません、今日は他のお子さんもまだ慣れていませんし、ちょっとどうにも泣き止みそうもないので……お願いします!!」


そう言って2人を置いて、新しい先生は出て行ったのだった。


リサ先生は既に我慢できず満面の笑み。


口では、


「スーちゃんもタカちゃんも、先生を困らせたらダメでしょ!」


などと言っているが、笑顔が抑えられない。


私も、2人がただ一緒の空間にいてくれるだけで幸せを噛み締めてしまうのだった。


2年間もべったりと一緒にいたのが、今日を境にサヨウナラしなければならないのだ。


当たり前に毎日見ていた寝顔も、もう二度と見られない。


いずれこの日が来ることを毎日思いながら保育しているけれど、やっぱり最後の日は辛い。


2人は今日、大泣きしたけれど、あっという間に新しい環境に慣れて、あっという間に私たちのことを忘れることもわかっている。


だから今日、2人が泣いたおかげで一緒にいる時間をもらえたことは、離れる我々にとって2人からのスペシャルプレゼントなのだった。

保育園で。カレーが大好きなトモちゃんの話。

風が強く吹いていようが、花粉が大量に飛散していようが、いよいよ腰痛が我慢できないレベルに達しつつあろうが、晴れていればお散歩に出発する。


行かないと主任に怒られるから

とか、

がっつりお昼寝してもらってキチンと休憩をとりたいから

ではない。



お子さまの心身の健康を育むためである。

何かにそう書いてあった。


でも今日はちょっと行きたくないな、という日は誰にだってある。

[保育園で。保育士だってイヤイヤ期には苦労する。 - onoesanと猫と保育となんやかんや。

今日は1才のトモちゃんだった。


トモちゃんは、色白のぽっちゃりした女の子だ。

ただでさえ、たくさん歩くのは苦手なのに、今日は向かい風が容赦なく吹き付ける。


帽子は脱げそうになるし、髪の毛は邪魔だし、出発した時から既に涙目だった。


公園に行く途中で、とうとう座り込んでしまった。


少し前ならカートに乗ってもらったけれど、進級が近い今はもう、カートは持ってきていない。


歩くより他ないのだった。


行きはどうにか持ちこたえた。


公園でバスごっこをしよう、という案に乗ってくれた。


でも帰りは大変だった。


ツカレタ、ネムイ、ハラヘッタ…

アタチはもうムリ…置いていってチョウダイと地面にへたり込む。


へたり込んだ時に、膝に小石が当たってしまった。出血はしなかったが、コレは痛い。


もう完全に気持ちが折れてしまったのだった。


あたりは住宅街。

立ち止まったまま泣き続けてしまったら、また保育園にクレームが来てしまう。


こういう時はもう、どんな方法でも良いので、とにかく立ち上がってもらう。


立ち上がったら間髪入れず、即座に、リズミカルに歩き出してしまう。


考えるスキを一切与えず、すぐに発進してしまえば勢いに乗ってそのまま進めることが多い。


この時も、常日頃繰り返している、

「立〜てよ、ホイッ!!」

を、リズムに乗って高めの声で言い、うっかり立ち上がったところをすかさず歩き出す。


保育園では禁止されているアニメのテーマソングを、ここぞとばかりに小声で歌う。


トモちゃんの大好きな"はなカッパ"のヤサイシリトリの歌は家で練習してマスター済みだ。


コレにより100メートル程度は歩を進められただろうか。


しかし保育園が見えてきたあたりでスローダウンしてきてしまった。


もうダメだ。立ち止まる…そう思った時。


まさに我が家にある絵本のタイトルと同じ。


「ふんふん なんだかいいにおい」


強風のおかげで、保育園の給食室からカレーの香りがここまでやって来てくれた。


今日はカレーだったのか!


助かった。


迂闊にも、最強のカードが手札にあったのに気づかなかった。


声をかけるまでもなく、その香りに気づいたトモちゃんの瞳には既に力が戻ってきていた。


キラキラとした目で私に笑いかける。


「カエエ(カレー)?」


嬉しくて笑いが止まらないトモちゃん。


トモちゃんは保育園のカレーライスの大ファンなのだ。


「せんせい」よりも先に「カエエ(カレー)」を言えるようになった。


これはもうゴールしたも同然だ。


しかも保育園のカレーライスはとても美味しいから私も嬉しい。早く寝かしつけねば。


トモちゃんと意気揚々とお部屋に入る。


そこで気づいた。


カレーライスではなくカレーピラフだったことを。


トモちゃんも、気づいた。


彼女は一瞬、無表情になった。


が、すぐに、今日はコレでもうヨシとしようと割り切ったことが見てとれた。


そうだ、トモちゃん。


カレーピラフでもいいじゃないか。


目が合って、「まあいいか」という顔をし、それからすごい勢いでカレーピラフを2回おかわりした。


そしてあっけないほど簡単に寝てくれた。


おかげで、思いがけず早い時間にカレーピラフを食べることができたのだった。


カレーピラフは美味し過ぎて、これにより今週末の我が家のお昼ご飯も決まったのだった。


※これはあくまで私の体験談をベースとした話です。保育方法をはじめとする諸々は保育園によって千差万別です。

保育園で。すべて記入するハナちゃんのママの話。

最近一気におしゃべりが上手になった2才のハナちゃん。


保育園での出来事を、毎日おうちでたくさん話すようになった。


おしゃべりが上手になったことが嬉しいし、保育園の様子が気になるママは、おうちに帰ってからハナちゃんのお話に真剣に耳を傾けているようである。


ハナちゃんのママが書いてくれる連絡帳を読むと、ママがインタビュアーさながら熱心に聞き、記入する様子が目に浮かぶのだった。


「今日は、バスやトラックが見える公園に行きました。

公園に入る時は、ぐるっと遠回りして、車が少ない道を歩きました。

ハナはみっちゃんと手をつなぎました。

給食は、おうどんを食べました。

みんなが"おかわりください"と言って、たくさん食べたから、足りなくなって、先生が給食室に取りに行きました…

と、言ってます。合ってますか?」


といった内容がつらつらと、虫メガネがないと見えないような小さな字でびっしりと書き込まれている。


最後は必ず、

「…と、言ってます。合ってますか?」

で終わる。


合っているだろうか。

昨日のことを必死で思い出す。

すると、さすがシナプスが伸び盛りのお子さま、完璧に合っているのである。


「全部そのとおりです!しっかり周りを観察して伝えることができるハナちゃんの成長が嬉しいです。」


と書いたところ、ママはその後も毎日、ハナちゃんの言ったことをすべて書いてくれるようになった。


そしてこの、最後を

「…と、言ってます。合ってますか?」

で締めくくるスタイルは、ハナちゃんのママの中で定型化された。


梅の花がキレイだね、って先生が言いました。

花びらがたくさん落ちていたからみんなで拾いました。

『ハナちゃんは、たくさん拾えたね。
持っていると、みっちゃんと手をつなげないね、どうしようか?』

と、先生が言ったから、ハナはポケットに入れて保育園に持って帰りました…

と、言ってます。合ってますか?」


フンフン、合ってます合ってます。

なんだか嬉しいな。


ハナちゃんはもちろん、こんな風に小さな字で一言一句を大切に几帳面に書いているママも、愛情がヒシヒシと伝わってきてホッコリする。


そう思いながら、楽しく読ませて頂いていた。


昨日までは。


今日、午睡の時間に私の隣で連絡帳を読んでいたミタニ先生が、


「先生、書かれちゃいましたねー」


と笑った。


見るとそこには、


「先生が、腰が痛いから痩せなくちゃって言いました。

先生も一緒にお尻歩きをしました。

先生が頑張ったら、先生のズボンのお尻がピッてやぶけました。

後ろにいたリクトくんがビックリしました…

と、言ってます。合ってますか?」


…合っている。


正確に言えば、リクトくんはビックリしたというよりも面白がって大声で叫んだのだけれど。


ハナちゃんにはかなわない。

いや。

ハナちゃんのママにはかなわない、だろうか。


その日、実は靴下にも穴が開いていた。


気づかれずに済んで本当に良かった、と心から思ったのだった。

保育園で。卒園間近のカナトくんに会った話。

澄み切った空に、蕾を付けて春の開花に備えている木々を感じながらお散歩に出発した。


保育園はすでに卒園式というゴールに向かってまっすぐ進んでいる。


保育士たちも心の準備を進めている。
1日1日を大切に、味わって過ごす。


これだけ濃密に同じ空間で同じ時間を過ごしたのに、卒園を境に、もう一生会わないお子さまがほとんどである。


どうかどうか幸せで。
スクスクと育ちますように。


どうしようもなく感傷的になりがちな季節である。


そんな中、もうすぐ卒園の年長クラスさんと、出かけた先の公園で偶然一緒になった。


0才の頃、1年間一緒に過ごした大切な大切なお子さまたち。


正直、近くにいるだけで泣けてくる。


が、当の本人たちは当然、覚えていない。


普段は話す機会もなく、土曜日保育で会えるお子さまもいるが、ほとんどが運動会や発表会での勇姿を裏方から見てウットリとすることくらいしかできない。


だから今日は、腰痛に負けずに出勤して本当に良かった。


カナトくんがこっちに来た。


「あかちゃんたち、何してるの?」

「遊んでるんだよ。」

「ふ〜ん。」

「ねえ、誰?赤ちゃんの先生?」

「そうだよ。ひよこ組の先生だよ。」

「ぼくもずっと昔だけど、ひよこ組だったよ。」

「そうなんだ。」

「うん。ボクも赤ちゃんだったんだからね。」

「へえ〜。赤ちゃんだったんだね。」


話しているうちに、カナトくんとのたくさんの思い出がよみがえる。


カナトくんは本当に重かった。

まさにダイちゃんと同じ、がっしり型のお子さまだ。

保育園で。ダイちゃんのように歩こうと思った話。 - onoesanと猫と保育となんやかんや。

パパと登園すると両手を広げてコチラに来るのに、ママとだとタコの吸盤のようにくっついて離れなかった。


新卒のリサ先生じゃないと添い寝で寝てくれなかった。
他の職員だと、重いのに抱っこでユラユラしないと決して寝ようとしなかった。


体は重いのに動きはとにかくすばしっこくて、便器の中に手を突っ込むのを阻止することができなかった。


水遊びが好きで、目を離すと朝から蛇口の下に頭を突っ込んで、全身ずぶ濡れになってしまった。


園庭から帰ってポンプ式の液体石鹸を出すと、手だけではなく、髪の毛も顔も泡だらけにしてしまい、何度も全身シャワーする羽目になった。


お友だちのオモチャにすぐに手を出すので、4月生まれのすみれちゃんには
「メッ!」と、よく叱られていた。


布オムツを交換する時にもじっとしていられず、仕方なく変顔を繰り出しているところを園長先生に見られてしまった。


絵本を読んでいる時に、少しその場を離れたら、戻った時には、ちぎって食べようとしていた。慌てて手を伸ばし、頚椎を痛めてしまった…


…困った。


感動的なエピソードを思い出したいのに、大変だったことしか浮かんでこない。


せっかくだから、なにかホロリとさせられることを思い出したいのに。


と、その時。

遠くにリンタロウくんが見えた。

そうだ!

あれは園庭でリンタロウくんが転んだ時だった。


お子さまが転んでも、ケガをするような転び方でない限り、職員はすぐには駆け付けない。


リンタロウくんは泣いて、なかなか起き上がろうとしない。


すると最初にすみれちゃん。

リンタロウくんに駆け寄って、頭を撫でながら、

「だいじょうぶ?」


続いて、メグちゃんもタケくんも、スズちゃんも次々にリンタロウくんのトコロに行き、

「だいじょうぶ?」

と、みんなで地面に這いつくばって顔を覗き込む。

いい子いい子、と頭を撫でる。


毎年見られるこの光景は、本当に何度見ても心が温かくなる。


ダンゴムシに魅せられていたカナトくんは完全に出遅れていた。


やがてハッと気づいて、一目散にリンタロウくんの元に駆け寄り、リンタロウくんの上に思いっきりダイブし、

「だいじょうぶ?」


リンタロウくんはもとより、巻き込み事故で潰された他のお子さまたちは全員泣き出し、さっきまで幸福感いっぱいで見守っていた職員は一斉に駆け寄ったのだった。


結局、ホロリとするエピソードを一つでも良いから思い出したいと健闘したが、最後のところで、

「大変だった…」

と、なってしまうのだった。


しばらくして、年長の先生から

「集合!」の声がかかった。


走って戻るカナトくん。

途中、チラッと振り返り、コチラをじっと見つめる。

「ボクのこと、前に知ってた?」



カナトくん、ありがとう。

先生、今、ホロリときました。

卒園おめでとう。


※これはあくまで私の体験談をベースとした話です。保育方法をはじめとする諸々は保育園によって千差万別です。

保育園で。ダイちゃんのように歩こうと思った話。

先日骨折してしまったダイちゃんの左足は、相変わらず包帯でグルグル巻きだ。

外に出る時には汚れないようにゴミ袋をかぶせてガムテープで留めている。

保育園で。骨折が痛いことはまだ知らない、という話。 - onoesanと猫と保育となんやかんや。

お尻で歩くのはますます上手になったものの、お散歩に行く時はカートだし、階段も1人では登り降りできない。

カートに乗る時、階段を移動する時、椅子に座る時、さまざまな場面で抱っこすることになってしまった。


ダイちゃんは可愛いが、抱っこは重い。
体重は15キロ近い。


決して太っているわけではないが、クラスで1番大きい。


大きいからといって、全員が必ずしも重いわけではない。

まぁ抱っこするのは0才さんだけなので、今さら2才のダイちゃんに当てはめるのも変な話だけれど。


同じように"大きな赤ちゃん"でも抱き心地や重さは全然違う。


私調べによると、こうした大きなお子さまの中で、圧倒的に最高級な抱き心地は"ぽっちゃり"。

"ぽっちゃり"は言葉のとおり、ふわふわで柔らかく、意外と軽い。
抱っこして幸せになるタイプのお子さまだ。
ほぼ確実に女の子。


それから"みっしり"。男女半々。
見た目はそこまで太ってないけれど中がつまっている感じ。
"ぽっちゃり"を綿のようと形容するなら、こちらはゴムのよう。
質の良さそうな筋肉に、柔道でもやったら良いのでは…と思いながら保育している。


そして"がっしり"。圧倒的に男の子。
ダイちゃんは、典型的なこのタイプだ。
将来はラグビー選手やサッカー選手にでもなるがいい、と思いながら保育している。

赤ちゃんなのに何故かガッチリとした肩幅、硬さをどことなく感じながら抱っこする。


がっしり型は最も重い。

騙し騙し付き合ってきた私の腰はとうとう悲鳴を上げた。

終わった…と思ったのは、ちょうど午睡前に便座からダイちゃんを降ろした時である。

「もはやこれまで」と、無念の戦線離脱宣言をすると、情け深い同僚の皆様が次々と差し入れの湿布や骨盤ベルトの提供を申し出てくれた。

保育士は大抵、ロッカーの中に湿布、腰痛ベルト、サポーターなどを常備している。

湿布を貼って、なんとかキリの良いところまで終わらせ整形外科へ。

年に数回はこのパターンで駆け込んでいる。

そして毎回、

「明日はどうしても出勤する必要がある。」

と訴え、

「では、太い注射を打つか?」

と聞かれ、

「それはイヤだ」

と言い、結果、軽く電気治療を受ける。


今回もこの流れ。


が、今回は先生が、

「ちょっとそこに両足を伸ばして座れる?」

と床を指差した。

座ると、

「そうそう。そしたらそのまま骨盤を左右順番に動かして前に進むんだよ。今はゆっっくりね。」

「え?先生、これ、お尻歩き?」

「そうそう。腰痛予防に良いから。痛みが治ったら時々やってごらん。」


そういうわけで、明日からダイちゃんの弟子入りをすることになった。

お子さまたちに混じって、ダイちゃんを目標に"お尻歩き"を頑張ろうと思ったのだった。

※これはあくまで私の体験談をベースとした話です。保育方法をはじめとする諸々は保育園によって千差万別です。